目次
セブン&アイの失敗から学ぶべき教訓
これらセブン&アイの「3つのデジタル敗戦」からは、実に多くの教訓を学ぶ事ができます。
ここでは、小売・流通業界に限らず全ての業種に共通する、3つに絞って考察してみましょう。
経営者の覚悟の必要性
DX推進は、時に企業の経営理念やビジネスモデルの変革すら求められる、企業の根幹に関わる重大な事業です。
それには、トップや経営陣の覚悟が必要な事は言うに及ばず、現場従業員や外部取引先に至るまで、すべてのステークホルダーによるDXに対するコミットメントと共通の認識が求められます。
しかし、セブン&アイの社長・井阪隆一氏は、自分が詳しいコンビニの経営には興味があるものの、門外漢であるDXには関心が薄いという関係者の声もあるように、DX推進に関しては直接の担当者であるDX戦略トップの米谷氏に丸投げ状態でした。
それにも関わらず、米谷氏退任の例だけでなく、「見せしめ人事」とも取れる不可解な人事や、経営陣の派閥争いなどに端を発するDX推進への横槍があったといわれています。
いくら潤沢な予算を用意したとしても、経営陣がコミットしないばかりか、足を引っ張るようではDX推進が成し遂げられるはずもありません。
また、現場側との意思の疎通においても、経営陣の覚悟を示すことは重要です。
そもそもDXによってシステムを変更する場合、変更当初は現場としては新しいオペレーションに適切に対応できず、一時的に効率が悪化するケースもあります。
その結果、DXを推進したにもかかわらず、導入直後は売上が下がってしまう場合も多々あるはずです。
新システムに対応するためには一定の時間が必要なことを理解せず、売上ノルマなどを最適化しなければ、現場としてはDX推進が大きな負担となり、「やらない方がいいもの」と捉えられかねません。
このような事態を避けるためにも、「DX推進とは痛みを伴うもの」だと経営陣が理解し、一時的な売上減少への補填や人事に対する配慮など、適切な現場の従業員へのケアを検討すべきでしょう。
内製化とベンダー起用バランスの重要性
米谷氏の就任以来、莫大な予算を投じて進められていたセブン&アイのDX戦略。
米谷氏の方針は、自前でシステムを構築・運用する、DXの「内製化」でした。
社内のDX人材も戦略本部発足前の391人から、わずか1年で3倍超の1,309人へと膨れ上がる(予算469億円)など、内製化のために莫大な資金を投じていました。
しかし、いくら潤沢な予算があるとはいえ、短期間で全ての業務を内製化できるわけもなく、DX推進のために多くのベンダーを起用することになります。
ここ数年は玉石混合の様々なベンダーが、セブン&アイの「DXバブル」から恩恵を得ようと群がっているような状況でした。
その上、米谷氏がDXトップに就任した際、それまでのメインベンダーを変更しようとしたところ、それに対して創業家出身でイトーヨーカ堂取締役常務執行役員の伊藤順朗氏から横槍が入るなど、ベンダー起用1つ取っても社内政治が複雑に絡み合っていました。
現代のDXトレンドは確かに「内製化」ですが、ただ闇雲にDX人材を登用すれば良いというわけではありません。
同様に、専門性のあるベンダーを起用すれば問題が解決するというわけでもなく、「内製化」のためのDX人材の登用とベンダーの起用のバランスは、企業の目的を実現するための最適解でなくてはなりません。
それが、トップの好みや派閥争いで決定されるなど、あって良い筈が無いのです。
また、セブン&アイほどの大きな企業体が作り上げてきたシステムは、当然シンプルである筈はなく、いきなり別のベンダーが引き継ぐとなると、当然のように簡単には改善・運営していく事など出来ません。
既存のベンダーに根幹を任せながらも、新しいイノベーションを起こす新規のベンダーを起用するには、システム移行の適切なプロセスがあります。
セブン&アイのDX戦略の失敗の要因の1つは、内製化と急速なDX推進を目指すあまり、このバランスを見極められなかった事にあると考えられます。
また、前述のように社内政治も複雑に絡み合い、企業として1つの方向性を貫いた変革を進めていくことができなかった事も失敗の要因と言えるでしょう。
前述の通り、DX推進においては「内製化」はトレンドであり、DX推進を成功に導く一つの鍵といっても過言ではありません。
しかし、その本質は「全ての舵取りやシステムの制作・運用を社内で行える仕組みを作ること」ではありません。
優秀なDX人材を自社に抱える事も大切ですが、それよりも重要視されるべきなのは、ベンダー主体ではなく、企業主体でDXの指揮をとれる体制を作っていく事でしょう。
内製化とベンダー起用のバランスを見極めることこそ、DX推進を成功に導く重要な点なのです。
DX組織づくりの難しさ
セブン&アイのDX戦略本部には絶大な「権力」が与えられ、時に米谷氏は強引とも言える戦略を取っていました。
しかし、こうした強権的なやり方は往々にして現場からの反感を買うことがあります。
そして、DXを推進していくうえで、それを実際に利用する現場の積極的な協力が得られない事は、時としてDXが失敗する大きな原因にもなってしまうのです。
セブン&アイの場合には、DX人材の優遇が現場の反感を買ってしまったといわれています。
伝統的に『現場重視』の考え方が根付いたセブン&アイでは、中途入社した社員はセブン-イレブンなどの店舗で1週間にわたる研修が義務付けられています。
それは、幹部級の社員であったとしても例外ではありませんでしたが、DX人材はこの研修が免除されるという特権を持っていました。
加えて、DX人材の給与が、小売・流通部門の社員としては圧倒的に高かった事も現場からの反感を招いた一因のようです。
一般的にIT人材の給与は高額な場合が多く、セブン&アイがDX人材に支払っていた給与は、同業のIT人材と比べて特別高額なわけではありませんでした。
しかし、現場を支えてきた他の社員とのバランスが全く取れておらず、現場を支えてきた社員から不満の声が上がるのは無理もありません。
「旧来のシステムを変えるために、権力を一極集中させることで急激な改革を目指したものの、ハードにやりすぎてしまった結果、他の社員との軋轢(あつれき)を生んでしまった」というのが、セブン&アイのDX戦略本部の問題点でした。
確かに、DX推進のためには、担当部署にある一定の権限を与えて、トップダウンで組織全体での意思統一を図ることが理想とされています。
しかし、セブン&アイのように担当部署自体が社内から疎まれてしまっては、むしろ逆効果です。
仮に、セブン&アイのDX戦略本部のメンバーたちも、ある種の特権意識を持って他の社員と接していたとしたら、うまくいく筈の戦略であっても「絵に描いた餅」となってしまうのは自明の理です。
このような問題を回避するために、社内バランスをうまく調整できる社内政治に長けた人材もDX担当部署には必要とされています。
セブン&アイの場合は、強烈なリーダーシップを持つ人材は確保したものの、社内でDX戦略本部を孤立させずに、全社的な協力体制を作り出せる調整役が不在だったのです。
まとめ
小売・流通業界の巨人、セブン&アイ・ホールディングスが経験した「3つのデジタル敗戦」を振り返ると共に、そこから学べる教訓について解説してまいりました。
多くの企業が陥りやすい失敗の原因として、「DXをやること」が目的化してしまい、「ある目的達成のためにDX(という手段)を推進する」という原点を見失ってしまうという事が挙げられます。
その罠に陥らないためには、企業のトップがまずはDXの目的を適切に理解して、自分自身もDX推進にコミットする事が重要です。
まさに『DX失敗の教科書』とも言えるセブン&アイの事例を我が事と捉え、自社のDX戦略の立案、または見直しに大いに役立ててください。
参考:週刊ダイヤモンド22年2/12号(ダイヤモンド社)