デジタル技術の急速な発展により、日々変化を続ける現代社会のビジネス。この激動の時代の中で生き残っていくためには、会社の規模や業種に関わらず、経理のDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)を推進して「攻めの経理」に変革することは経営戦略として重要なポイントの1つです。
しかし、重要なDX戦略であるにも関わらず、経理はDXが進まない代表的な部門といわれています。
経理部門のDX推進に限った話ではありませんが、攻めの「部門や組織」へと変革するためには、単なる業務のデジタル化やツールの導入では不十分です。むしろ、それらの導入に至るビジョンとプロセスが大切なのです。
本シリーズ「中小企業を変える経理DX」の第1回目では、経理部門のDXが進まない理由と課題解決のためのソリューションを解説しました。
第2回目となる今回は、経理業務のDX推進を成功させるために必要な準備として、3つのビジョンと具体的な準備プロセスについて解説します。
「攻めのDX」としても有効な戦略をご紹介いたしますので、経理部門のDX推進を検討している方はぜひ参考にしてください。
目次
経理部門のDX推進で目指す3つのビジョン
経理部門のDXを進める上で最も重要な点は、「自社にとってのDXは何か」を考え抜くことです。
DXと一口に言っても、当然ながらそれぞれの企業の状況に合わせてゴールを設定する必要があり、大企業や成功した企業の真似事など「べき論」に従うだけでは、真のDXは成功しません。
自社にとってのDXを考え抜くことは、経理部門に限らず、DXを進めていく際の基礎となる考え方です。しかし、経理のDXとなるとこの問いに真剣に向き合わないまま、漠然と流行りのデジタルツールを導入して終わりとなってしまうケースは珍しくありません。
その上、それだけでもある程度の業務効率化には結びつくことが多いため、経理部門の課題やDXの本質を見えにくくしているのです。
デジタルツール導入による業務効率化だけでは単なる「デジタル化」であり、これからの時代を生き抜くための「攻めのDX」とは全く異なります。
真のDXを実現するためには、そもそも「なぜDXが必要なのか」、「何を目指しているのか」など、まずはDXを推進する前に1度立ち止まり、自社におけるビジョンを明確にする必要があります。
また、DXを成功させるためには、経営者が描いたビジョンを一方的に現場に提示するのでなく、経理部門や社内で働く従業員1人ひとりもビジョンをしっかり持ち、それをお互いに共有することが重要です。
本章では経営、経理部門、従業員それぞれの立場から、経理のDXに関連して思い描くビジョンの一例を解説します。
経営視点のビジョン
DXを推進するにあたって経営者のビジョンが最も重要なことは言うまでもありません。経営者がどのようなビジョンを描くかによって、DXの方向性が大きく変わります。
経営者視点で経理のDXを見ると、何よりも実現させたいのは、「迅速かつ正確に財政状態や業績を把握できること」であり、それをもとに「意思決定の速度を高め、資本効率を最大化させること」が目的になるでしょう。
このビジョンの実現を前提に経理業務のDX推進を考えると、社内全体の協力が不可欠であることは明らかです。
経理部門のDXによって得られる経営・財務に関するデータを最大限に活用するためには、社内全ての部門が連携する必要があります。
経理だけではなく、全社一体となって「攻めのDX」に取り組める体制を作らなければなりません。
更に経営者は、DXの担当者に任せるだけでなく、各部門のDX推進を会社全体の問題として捉えて、全社的な協力体制が取れるように責任をもって取り組むことが求められます。
この体制を構築できれば、経理部門での新たなツールの導入が「一部門の業務効率化」に留まらず、DXによる「攻めの経理」として機能し、会社の利益を生むことになるのです。
迅速かつ正確な経営情報・財務データを、会社全体で適切に活用し、事業の拡大や社会的意義といった新たな企業価値の創出に結びつけることができれば、真の意味でDXに成功したといえるでしょう。
逆に、もしDX推進が思うように進まない場合は、経営者として全社的に統制がとれているかを確認する必要があるでしょう。
そして、現場目線で寄り添いながら経理部門が孤立しないよう、全社に対してビジョンを掲げDX推進の協力体制を構築することが経営陣に求められる役割です。
経理部門視点のビジョン
これまでの経理部門は一般的に入出金や経費処理がメインでした。しかし、DXを推進すればより価値ある経理部門に生まれ変われる可能性があります。
経理部門の視点で思い描くDXのビジョンとして考えられるのは次の点です。
- 決算の早期化
- ガバナンスの強化
- 管理会計の強化
こうした課題に取り組み、価値ある財務会計情報を提供できる経理に変革することが重要なのです。
また経理部門のDX推進により、社内手続きの簡素化やペーパーレス化を牽引すれば、会社全体の業務効率化につながり、ひいては企業の利益に貢献できるため経理部門の会社内における存在感も増すでしょう。
近い将来、デジタル技術の発展により「経理部門の仕事が無くなる」と言われることがありますが、それは手作業による集計作業などを指して言われているだけにすぎません。
しかし、DXを実現し、経営判断に資する有益な指標を迅速かつ正確に導きだす「攻めの経理部門」に変革すれば、会社にとってかけがえのない部門になり得ます。
このように、中長期的にはこれまでとは違う「新しい価値を生み出す部門への生まれ変わり」を目指していくことになるでしょう。
ただし、最初から大きなビジョンを描きすぎると現実とかけ離れてしまい、なかなか実現できません。
これまで経理部門が担ってきた役割を全てデジタル技術に任せるためには、まだしばらく時間が必要です。
また、仮に技術的には実現可能になったとしても、導入にかかるコストや安全性の担保を考慮すれば一朝一夕に、「攻めの経理」だけに集中できる環境を整えられるわけではありません。
そのため、将来的な展望は頭に入れつつも、まずは経理部門のメンバー間で綿密なコミュニケーションを取りつつ、小さな成功体験を積み重ねられるようなビジョンを設定する必要があるでしょう。
従業員視点のビジョン
DX推進は全従業員1人ひとりがDXに対する自分のビジョンを持ち、それぞれがDXを自分自身の問題と捉えてモチベーションを持って取り組むことが求められます。
それが部門を越えた協力体制を生み、DXの成功、ひいては会社全体の利益向上に繋がるのです。
従業員が描くビジョンとしては、「業務効率を最大化させて、ノンコア業務からコア業務へ移行すること」、そして「コア業務を通してスキルアップに繋がる知識や技術を習得し、自身のキャリアを向上させること」などが考えられます。
このように、1人ひとりがビジョンを持って取り組めば、トップダウンで押し付けられた「負担」ではなく、自分自身の可能性を広げ成長させる「機会」になり得るのです。
また企業のDX推進は、ワークライフバランスの向上にも繋がることが期待されます。
企業にとって利益があることはもちろん、従業員一人ひとりがDXの成果を感じられることが全社一丸となってDX推進に取り組む際には重要です。
そのためには、従業員が指示を受けて受動的に取り組むのではなく、能動的に取り組めるような仕組み作りや、従業員の声を吸い上げて、社内調整をできるDX推進担当者の役割が重要になります。
DXの対象となる経理業務の可視化
経理部門のDXを推進するにあたり、まずは業務の「棚卸し」を行い、現状を可視化します。
業務の流れや課題を可視化することにより、DX推進を実現するために「何を」「どのように」する必要があるかが明確になります。
可視化の手順は以下の通りです。
- 業務を全てリストアップする。(「誰が」「いつ」「何を」「どのような目的で」「いくらで」)。
- リスト化した業務を、「判断が必要なコア業務」と「反復作業などのノンコア業務」に整理する。
- ノンコア業務の中で、重複している作業やまとめられる作業がないか分析する
- ノンコア業務の中にデジタル化出来そうな業務があれば、DXの検討対象項目とする
- DX検討項目に対して優先度や難易度を確認し、課題解決に資するDXツールの候補を選定し、期待される効果を検証する
業務の棚卸しは骨が折れる作業ですが、漏れなく細かく可視化することが肝要です。
これにより正しい状況把握が出来れば、課題に対する適切なソリューションを検討することができるようになるため、棚卸し作業は粘り強く丁寧に行うことが大事になります。
業務の棚卸しと整理が終われば、具体的なDX推進プランを策定できます。