経済産業省、厚生労働省、文部科学省が共同で作成している「ものづくり白書」。
「ものづくり基盤技術振興基本法(平成11年法律第2号)第8条に基づく、政府がものづくり基盤技術の振興に関して講じた施策に関する報告書」(引用:経済産業省公式サイト)の事を指し、毎年経産省の公式サイト内で公開されています。
2021年5月28日に発行された令和2年度版で21回目の策定を迎える同書は、ものづくりに携わる企業のアンケート結果や具体例なども数多く示され、最新版ではニューノーマルへと突入した我が国の製造業を取り巻く、急激な環境の変化に警鐘を鳴らしました。
この記事では2021年版ものづくり白書が伝える製造業の業績動向と、ニューノーマルを生き抜くために必要な3つの視点をご紹介します。
製造業に携わる企業も、そうでない企業もDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)推進を目指す1つの指針としてお読みください。
目次
ものづくり白書に見る製造業の業績動向
2020年から爆発的な拡大を見せた新型コロナウイルス感染症の影響などにより、製造業の業績動向は各企業とも軒並み大幅な下落傾向を見せ、今後の見通しも横ばい、もしくはさらに減少すると見ている企業が多いようです。
背景にあるのは先行きの不透明感で、アンケートの結果からもそのことが顕著に読み取れます。
この結果を踏まえて、「業績概論」「資金繰り」「設備投資」「従業員給与」という4つの項目についてさらに深堀りして見てみましょう。
業績概論
各企業とも2020年第2四半期は11年ぶりの低水準を記録。この傾向は製造業・非製造業共に中小企業においてはさらに顕著に見られます。
製造業の業種別に見た営業利益に至っては、情報通信機械器具製造業を除き、各業種とも対前年比大幅ダウンを記録。製造業全体では8.6兆円と、近年もっとも好調だった2017年から比べると実に約半分にまで減少しました。
資金繰り
日本銀行「全国企業短期経済観測調査」による資金繰りの判断DI(Diffusion Index : ディフュージョン・インデックス)でも、資金繰りが苦しいと判断する企業が大幅に増加しています。
当然のごとく各企業の借り入れによる資金調達額は増加傾向にあり、特に長期借入金の増加額が顕著です。
設備投資
2019年まで増加傾向だった設備投資額も、2020年には大幅に減少。
この先も先行き不透明な状況が続くことが予想され、拠点の国内外を問わず今後も設備投資は控えるという答えを、多くの企業が返しています。
2012年以降は設備投資額が減価償却費を大幅に上回っていたものの、昨年はその差が大きく縮まっており、今後しばらくはその差が開くことは無さそうです。
従業員給与
2009年から2010年を頂点として大局的に減少傾向にあった完全失業率は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響もあり、2020年に入り再び上昇傾向に転じました。
2014年を境に大幅に上回っていた有効求人倍率との対比を見ても、まだ失業率の方が下回っているといいながらも、その差は確実に縮まっています。
さらに、働き方改革の浸透や生活様式の刷新を受けて、従業員の残業時間(所定外給与)も減少傾向にあります。
しかし、同時に所定内給与の減少も見て取れるため、製造業の所得環境の動向(現金給与総額)は2020年に入って大幅な下落傾向が顕著となりました。
ニューノーマルを生き抜く3つの視点
製造業に限らず、日本全体が新型コロナウイルス感染症の感染拡大によるダメージを受けた2020年。
それ以外にも大規模災害や世界各国との関係性の変化など、我が国の製造業を取り巻く外的要因は数多く考えられ、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが行ったアンケートの結果によると、各企業が事業に及ぼす社会情勢の変化としてあげたのは次の通りです。
しかし、こうした外的要因は事前に発生や変化を想定することは困難で、対応策を立てることも難しくなっています。
これを受けた現在の製造業を取り巻くニューノーマルにおいて、日本の製造事業者の生き残り戦略を考える上で外すことができないのが、次の3つの視点だとものづくり白書では提言されました。
- レジリエンス(サプライチェーンの強靭化)
- グリーン(カーボンニュートラルへの対応)
- デジタル(DXの取組進化)
それぞれを詳しく解説します。
レジリエンス-サプライチェーンの強靭化-
レジリエンス(Resilience)とは「弾力」や「回復力」を意味する言葉で、元は物理学の世界で使われていた用語です。
2021年版ものづくり白書ではこの言葉を、ビジネスに影響を与えうる不測の事態からの復旧力という意味合いで使用しています。
近年製造業のサプライチェーン(Supply Chain:供給連鎖/製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れ)は、急速なグローバル化が進行。合わせて、在庫を最小化し生産活動を効率化する生産方式が普及してきました。
しかし、2011年の東日本大震災と同年タイでの洪水被害、さらに2016年の熊本地震といった自然災害によるサプライチェーンへの被害を受け、日本企業の危機意識は着実に向上。事業継続計画(Business Continuity Plan/BCP)を策定する企業は増加しています。
この傾向は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けさらに増加傾向を見せ、各企業の危機に備えた国内サプライチェーンの構築・強化は着実な進捗を見せました。
とはいえ白書では、「サプライチェーン全体でのレジリエンス強化を進めていく上では、自社の直接の調達先だけでなく、さらにその先の調達先も含めたサプライチェーン構造を把握する必要がある」という指摘もなされています。
目に見える直接の取引先だけでなく、その先の調達先を含めて情報を把握しておくなど、より大局的なサプライチェーンの強靭化こそ、突発的な大災害やコロナショックといった予測不可能な被害に対処できるポイントです。
グリーン-カーボンニュートラルへの対応-
SDGs意識の高まりを受け、日本を含めた各国政府のカーボンニュートラル実現に向けた取り組みは、あらゆる分野・領域で進行しています。
サプライチェーン全体でカーボンニュートラルの実現を目指し取り組む傾向はグローバル社会の中ではもはや当たり前で、こうした背景の中で日本の製造業が将来にわたり着実なビジネス継続を図るためには、グリーン化は避けて通れない道です。
国内外の様々な金融機関においても、気候変動対応への取組状況を資金供給の判断材料の1つとする「グリーンファイナンス」の手法が普及し始めています。
前章で解説したように、資金繰りや設備投資に苦戦する我が国の製造業にとっては、むしろこうした状況を効果的な資金調達をする大きなチャンスと捉え、積極的な対応を行うことが未来を創る大きな鍵です。
デジタル-DXの取組進化-
ものづくり白書によれば、不確実性の高い世界では環境変化に対応するために必要なダイナミック・ケイパビリティ(環境変化に対応すべく組織内外の経営資源を再構成・再結合するための能力)が競争力の源泉となるとされています。
昨年2020年版のものづくり白書では、その要素は「感知」「補足」「変容」の3つの能力であるとし、これを高めるためにはデジタル化(DX)が有効であると論じられました。
しかし現状の日本では、同じく経済産業省が取りまとめた「DXレポート2(中間とりまとめ)」「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」でも指摘されるように、多くの企業においてDXへの取り組みは不十分です。
しかし、コロナショックにより変化した人や社会の動きが以前のようには戻らない事を前提として、人々の固定観念が変化した今こそ、企業文化を変革しDXを推し進める絶好の機会だと提言しています。
そのためには無線通信技術の活用がダイナミック・ケイパビリティ強化の鍵と捉え、サプライチェーン強靭化にも大いに役立ち、将来的に市場のゲームチェンジにつながり得る重要な分岐点と位置づけました。
さらにサイバーセキュリティ対策についての警鐘も鳴らしています。
サイバーセキュリティはDXへの取り組みと表裏一体となるもので、レジリエンス強化の観点からも、中小企業を含めたサプライチェーン全体での対策を官民一体で着実に推進することが不可欠だとまとめました。
まとめ
コロナショックをはじめとする数々の予期せぬ災害の影響を受け、ニューノーマルを迎えた製造業が今後生き抜くために必要な三要素。
- レジリエンス(サプライチェーンの強靭化)
- グリーン(カーボンニュートラルへの対応)
- デジタル(DXの取組進化)
2021年版のものづくり白書が提唱するこれらの事柄について、現在の製造業の業績動向を紹介するとともに解説しました。
中でもDX推進(デジタル)に関しては、今後を占う最も重大なファクターだと位置づけられ、政府でも研究開発支援を行うなど、企業の挑戦を積極的に後押ししています。
DX後進国として先進国から大きく遅れを取る日本企業が再び国際社会の中で競争力を持つためにも、こうした資料を有効活用して、官民一体となってこの難局を乗り切って行きたいものです。