バックオフィスである経理部門をDXすると、業務の効率化に繋がるだけでなく、多くのメリットを企業内外にもたらすことができます。
DXportal®でも、過去数回にわたって経理のDXを特集してまいりましたが、今回は税務・経理のプロフェッショナルをお迎えして、経理DXに関する「現在・過去・未来」を全3回に分けてお送りします。
今回お伺いしたのは、神奈川県横浜市を拠点とする、会計・税務・法務・労務のプロフェッショナルが揃った総合事務所【ユナイテッドブレインズグループ】です。
代表で公認会計士・税理士の小林元氏、同グループ内で企業の税務と会計を支える【税理士法人ユナイテッドブレインズ】の代表社員で税理士の石井智氏と、税理士の平茂樹氏の3氏からお話を伺いました。
IT関連のクライアントを多数抱えるプロフェッショナルから、企業会計を支える士業の視点で経理DXにまつわる「現在・過去・未来」という興味深いお話を伺うことができました。
経理などのバックオフィスのDXを起点に、やがてはビジネスモデルそのものを変革させるDX推進を目指したい経営者様は、どうぞ全3回の連載を貴社の発展のためにお役立てください。
前編となる今回は経理DXの「過去」に着目し、DXが注目をされ始める以前の日本のDXや、今の日本のDXの現状の背景について、ユナイテッドブレインズグループのプロフェッショナルたちからお話を伺います。
目次
既に25年前から始まっていたDX
近年、デジタル化とグローバリゼーションの流れの中で、国を挙げて「DX推進」が叫ばれるようになりました。
当然ながら、DXの波は経理部門にも及んでおり、この流れの中で経理DXに取り組む企業が増えています。
DXという言葉が広く知られるようになったのは、おそらくここ数年のことであり、多くの方はDXを「新しい流れ」として捉えているのではないでしょうか。
しかし、小林氏はユナイテッドブレインズグループを立ち上げる以前、実に25年以上も前から、デジタル化の時代を見越して準備をしてきたと言います。
むしろ、同法人の成り立ちそのものが経理システムのデジタル化の波に同期していると言っても良いでしょう。
(小林氏)
当法人は、日本国内におけるインターネット過渡期*1の真っ只中であった2000年(現在のグループとしては2006年設立)に設立しました。
我々が当法人を設立した当時の士業といえば、専門的な分野の業務を扱うという仕事の性質上、「税理士は税理士」「弁護士は弁護士」といったように、それぞれが独立した縦割りでのサービスを提供するのが一般的でした。
しかし、それでは情報が分断されてしまい、ビジネスとして素早い意思決定をできない場合があります。
これは、我々に相談していただけるクライアントにとっても大きなデメリットであり、ビジネスを進める上では致命的な機会損失となってしまいかねません。
そこで我々は、横軸によるスピーディーかつワンストップでのサービス提供を目指して、4つの法人(会計・税務・法務・労務)と1つの株式会社を設立(2006年)しました。
設立当時からインターネットが世の中に普及し始めており、時代の流れを鑑みても、それを有効活用しない手はありません。
特に、我々の「横軸によるスピーディーかつワンストップでのサービス提供」というビジネスモデルを確立するためには、インターネットの活用は不可欠だと感じておりました。
そこで、初めからインターネットを活用したデジタル化、今でいうDXの着想を持っていたのです。
具体的にはインターネットが普及すれば物理的な「紙の」書類がなくなり、個人情報や機密資料など重要かつ膨大なデータをサーバーで管理するようになるため、セキュリティが重要になると考えていたのです。
*日本のインターネット元年とされる1995年から約20年間で、日本国内におけるインターネットの利用者数は急速に普及を遂げた(参考:総務省情報通信白書)
同法人が設立された2000年といえば、日本政府の高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(通称:IT戦略本部)が「IT新改革戦略」を発表した2006年よりも6年も早い、ITに対する日本のインフラ整備や課題解決がようやく本格化する前となります。
ましてや、経済産業省が最初の「DX推進ガイドライン」を発表し、日本国内でDXという概念が広がり始めたのはそれから18年後(2018年)のことです。
その当時、日本の一般企業でインターネットに可能性を見出している人はいたのでしょうか。
(小林氏)
当時、インターネットやデジタル化社会の将来性に気が付いていた人は、ほんの一握りの人に限られていたのではないでしょうか。
(石井氏)
実は、電子帳簿保存法は1998年に施行されていて、当法人が設立するずいぶん前から、デジタル化社会に対応するための土台はできていました。
けれども、それを実務で活用できるようになったのはつい最近の話です。
ただ、当法人としては、設立当時から今日の状況を見越して、システムの構築をはじめとする施策を取っていました。
士業の効率化とインターネットの可能性に着目し、「DX」という呼称が定着する以前から、デジタルを活用したビジネス改革を見据えていた同法人。
その考え方の根底には「クライアントにどのような付加価値が提供できるかを考えるためには、時代に合わせた思考を持つ必要がある」という思いがあります。
この考え方があったからこそ、当時は一般に理解が広まっておらず、活用されていなかった「電子帳簿保存法」をはじめとする、各種ITを積極的に取り入れた施策を進めることができたのでしょう。
ところで、石井氏が指摘するように日本でも既に25年前には電子帳簿保存法が施行され、デジタル社会に対応するための土台ができていたにもかかわらず、なぜ日本におけるDXの推進は、他の先進諸国と比較してここまで遅れてしまったのでしょうか。
リスクを恐れて導入が遅れた電子帳簿保存法
インタビューでも言われている通り、1998年から電子帳簿保存法が施行されていたにもかかわらず、日本で経理DXの必要性が理解され始めてきたのは、ごく最近のできごとです。
多くの企業では、今日に至るまで紙文化やハンコ文化などアナログな手法が依然として残っており、徐々にデジタルツールの導入が進んできたとはいえ、DXによる抜本的な変革への着手が先送りされ続けてきました。
それどころか、日本企業、特に多くの中小企業では、DXどころかその前段階であるデジタル化(デジタイゼーション)すらようやく取り組み始めたという段階にあります。
一部には、未だに取り組めていない企業もあり、日本のビジネス界が抱える大きな問題となっているのです。
日本でここまでDXが進まない原因は一体どこにあるのでしょう。
平氏は、日本の経理DXが進まないのは、多くの企業が重大な課題を抱えているからだと指摘します。
(平氏)
はっきり申し上げて、多くの経営者は「業務のDX推進を毛嫌いする」傾向にあります。
その理由は、DXのメリットを得ることよりも、「今のままで充分」と考えており、「なぜ変える必要があるのか」など、変化を面倒に感じてしまうからです。
また、仮にDXに取り組むとなると、人員や資金などのリソースが限られた中で既存の事業とDXを同時に進める必要があります。
これに対し、特に中小企業では「DXを受け入れるキャパシティその物が無い」という現実的な状況が背景となり、DXを毛嫌いする傾向がより強くなっているように感じます。
そのため、当法人では、まずなによりも専門的な知識やリソースが足りていない企業様に対して、「士業サービスを提供する」だけに留まらず、デジタルを活用した業務システムの構築など、幅広く支援することを心がけています。
平氏の分析に加えて、石井氏は「企業がDXを推進しなかった理由として、国税庁側にも問題があった」と言います。
(石井氏)
長い間アナログな紙文化が会計の分野でも続いた理由は、企業側だけの問題だけではなく、国税庁側にも問題があったと思っています。
その問題が重くのしかかっているため、DX推進に消極的にならざるを得ない状況があったのではないでしょうか。
国税庁は「真実性の確保」「可視性の確保」という2つの証拠を確保するため、「改ざんリスクをいかに減らすか」に重きを置いています。
1998年当時の流れで言えば、経済界をはじめとする各界から、高度情報化・ペーパレス化が進展する中で電子データの保存を容認するよう政府に対して強い要望があり、電子保存制度の成立等に至ったというのが実情でした。
つまり、経済界主導で作られた法制度であり、国税庁としてはあまり電子帳簿保存法に関して乗り気ではなかったのではないでしょうか。
当時は現代のようにデジタル技術は発展しておらず、改ざんへのリスクやセキュリティの問題も加味すると、紙のほうが信憑性があると判断されていました。
実際に、デジタル技術で「真実性の確保」をすることは、当時の技術ではまだリスクが高いと判断せざるを得ない状況だったのです。
結果として、施行当時は電子帳簿保存法を適用させるためには、国税庁への提出書類や電子保存の要件が厳しかったため、多くの企業が導入を断念していたというのが実情でした。