経済産業省がDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)推進の必要性を訴えたDXレポートを2018年に発表して以降、国内企業では規模の大小を問わずDX推進に取り組む企業が増えています。
しかし、2020年12月に発表された「DXレポート2(中間とりまとめ)」では、約95%の企業が「DXに取り組んでいない」もしくは「散発的な実施にとどまっている段階」というデータが公表されました。
2020年に起きたコロナ禍の影響もあり、テレワーク環境の構築をはじめとしたいくつかのDX施策は多くの企業に広がりましたが、それでもまだ十分とはいえないでしょう。
この日本においてDXが進まない原因には、そもそも多くの企業では「DX推進の成功」というゴールが具体的に見えていないというのがあるのではないでしょうか。
そこで今回は、「DX推進は何をもって成功というのか?」という問いについて、経産省からの情報に加えて、現在進行系でDX推進に取り組む企業や行政の4事例から考えてみたいと思います。
現在DX推進に取り組んでいる企業、まだ取り組んでいない企業ともに、貴社のDX推進のゴールを明確にするための参考としてご活用ください。
目次
DX推進の成功を考える
経産省は、2021年8月31日に発表した「DXレポート2.1(DXレポート2追補版)」において、今後日本の既存企業がデジタル産業へと変革を遂げるには、「DX成功パターンの策定」が必要だと説いています。
企業がDXの具体的な戦略を定め、着実に前へと進んでいくためには、DX全体のロードマップやゴールの設定が必要だというのが経産省が示した考えです。
その上で、各企業が自社のDX推進がどの段階にあるのか、またゴールへ向けた変革の道筋にはどのようなパターンがあるのかを知ることができる状況を作り上げるために、DXレポート2.1では、「DXフレームワーク」という1つの指針が提示されています。
日本のDXを主導する経産省が示した指針は、DX推進の成功を考える際に必ず参照すべきものだといえるでしょう。
また、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)は、2020年5月に発表した「デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた企業とIT人材の実態調査」の中で、DX推進の成果が出ている企業とそれ以外の企業との違いを分析しています。
同調査によると、両者はその組織文化において、特に次の4点で大きな違いが見られます。
- リスクを取り、チャレンジする
- 多様な価値観を受容する
- 仕事を楽しむ
- 意思決定のスピード
成果が出ている企業に根付いているこれらの組織文化は、これまでDXportal®においても、DX推進に必要不可欠なポイントとして紹介してきた「企業のトップがDXに対する理解があり、自らリーダーシップを取っていること」や、「多様な価値観を受容できる柔軟な社風であること」などとも深く関係しています。
こうしたデータからも、DXの成否を分ける大きな要素として、企業の持つ組織文化や気風が重要であることがわかります。
本来こうした自由な気風は、組織自体が巨大で身動きの取りづらい大企業よりも、小回りの利く中小企業こそ当てはまるものでしょう。
もちろん、予算や人的リソースなど中小企業ならではの困難もあるとはいえ、DX推進の成果の出しやすい条件である組織の体制について見れば、中小企業こそDXに率先して取り組むべきなのです。
しかし、多くの中小企業においては経産省の呼びかけにもかかわらず、DX推進に対してそこまでの危機感を持っていないどころか、そもそもDXというもの自体を理解していないことがいまだに多いのが現実です。
また、理解はしていてもゴールが明確に見えておらず、仮にDX施策を導入したものの、中途半端なDX推進にとどまっているというケースも多いでしょう。
よくある誤解ですが、「既存業務をデジタルに置き換えて効率化する」ということは、DX施策の重要な成果ではあるものの、DXが成功したということと同義ではありません。
そこからさらに一歩発展させ、新しいビジネスやサービスなどの「新たな価値」を創出することができなければ、本当の意味ではDXが成功したとは言えないのです。
DX推進の成功4事例
ではここで、DX推進の成功例として4つの事例をご紹介します。
いずれのケースもDX推進を通じて企業価値を変革するという意味では、まだまだ道半ばではあるかもしれません。
それでも、データやITを利用して既存の業務を効率化するだけでなく、顧客満足度を向上させたり、新しいビジネス需要の掘り起こしに成功するなど、それまでにない新たな価値の創出に成功しています。
こうした具体的な事例を、自社におけるDXの成功を考える際の参考としてみてください。
建設土木業界|山陽ロード工場株式会社
山陽ロード工業株式会社は、岡山県に本社を構え「橋梁・トンネルメンテナンス事業」「交通安全事業」の二本柱で地域インフラの整備・メンテナンスを手がけています。
土木業界の中でも先進的なDXを推進する企業として注目を集める同社ですが、そもそもDX推進に舵を切ったきっかけは、少子高齢化による深刻な人手不足でした。
長く続いた不況をようやく脱し、受注環境が好転しつつあるといわれる建設・土木業界ですが、業務の広がりに人的コストが追いつかない状況が続き、慢性的な人手不足に直面しています。
さらに2020年からは新型コロナウイルスの影響で、ビジネスモデルそのものの転換を余儀なくされたのです。
- 人的コストをできるだけかけない
- 対面型ビジネスから非対面型ビジネスへの転換
同社は、主にこの2点を実現するにはITの導入が不可欠と考え、ベンダー企業と組んで新しいWeb会議システム「SRiChat(スリィチャット)」を開発しました。
このシステムは、これまでのWEB会議システムの多くに見られた、専用アプリやソフトのダウンロードが不要なため、ITに苦手意識を持った企業にも受け入れられやすいというシステムです。
これにより遠隔地にある事務所と作業現場がオンラインで繋がることが可能になり、圧倒的な人的・時間的なコスト削減が図れるようになりました。
さらに、同社は「SRiChat」を社内の便利なシステムとして利用するだけでなく、広く一般に利用できるサービスとして販売・提供することで、それまでにないビジネスチャンスを生み出したのです。
つまり、これまでの事業に加えて、土木業者であることの強みを活かした現場に求められるITツールを生み出すDXにより、「新たな価値」の創出に成功したのです。
同社がこうしてDX推進における1つの成功を収めることができたのは、社長である秋田氏が「DXには明確な目的意識が必要」だと理解し、いい意味でのトップダウンで全社にそのマインドを浸透させ、経営者から現場スタッフまでが共通の理解のもとDXを推し進めたからに他なりません。
同社の例は、ITに特別に詳しいという下地がなくともても、企業トップ自らがそれを学び、企業を導こうという姿勢があれば、中小企業でもDX推進を成功させられるという好例と言えるでしょう。
小売業界|株式会社ビジョンメガネ
株式会社ビジョンメガネは、大阪府に本社を構え、全国100店舗以上を展開するメガネ・コンタクトレンズ・補聴器を取り扱う小売専門チェーンです。
一時は民事再生法の適用を申請するなど、会社の屋台骨を揺るがすようなピンチも経験した同社ですが、現在の社長である安東氏の就任以来、業務改革を進める過程でIT導入をはじめとする様々な戦略を行ってきました。
同社がまず最初に取り組んだのは、社内の意識改革です。
民事再生法の申請をした頃、同社では当たり前のように同業他社でも行われていた安売り戦略に追随していました。
しかし、安東氏はその路線はすでに限界に達していると考え「安売りセール自体を売りにするのはやめよう」と宣言したのです。
こうした大胆な戦略の変更は、当初は現場の反発を受けましたが、安東氏は安売りという「モノ」の販売から、接客や確かな社員の知識・技術に支えられたお客様への提案など、サービスという「コト」こそが同社が顧客に提供すべき最大の価値だと定義し、徐々に社内にもこの考えが浸透していきました。
こうした社内意識の改革を経て、保有する自社サイトの役割をこれまでの商品の販売目的(「モノ」を売る場)から、来店予約を受け付け、実店舗へ誘導するブランドサイト(「コト」の入口)へと根本から設計し直したのです。
さらにWEB上で眼鏡の試着体験ができるアプリの開発など、ECサイトからブランドサイトへの変更により、サービスを利用する顧客の意識も変えるための試みがなされました。
こうしたIT技術の活用により、実店舗での成約率は大幅に向上。それだけでなく予約システムを導入することで、社内の人的リソースの有効活用にも一役買うことに成功したのです。
今後は「顧客体験」と「ヒトの活用」をテーマに、さらなるDXを推進していきたいという同社の取り組みは、現状ではまだまだDXの入り口に立ったばかりかもしれません。
しかし、小売業では当たり前の販売戦略になっていた「安売り主義」から「サービス主義」への大転換を社長自ら社内に浸透させた同社であれば、今後のさらなる発展も期待できるでしょう。
社内の意識改革を行った上でビジネスモデルの転換を目指し、明確なゴールを定めてITを導入していくというプロセスを踏んだ同社のDXは、他業種のDX推進においても貴重な参考例になるはずです。
教育業界|ナガシマ教育研究所
ナガシマ教育研究所(株式会社塾のナカジマ)は、神奈川県横浜市金沢区を中心に、小・中・高校生の学習指導と受験指導、および学童保育施設の運営などを行っています。
設立は2015年とまだ日も浅く、夫婦で営む小さな学習塾であった同社は、コロナショックによる経営の危機に際して、「対面での集団授業の廃止」という学習塾の常識を打ち破る方針を打ち出し、ピンチをチャンスに変えました。
同社の経営理念は、「学びを通して子どもたちの幸せな人生に貢献する」ということです。
コロナ禍の影響で集団授業を中止し、いち早くオンラインによる個別授業へと切り替えた同社ですが、そのモデル構築もそんな考え方の延長にありました。
コロナ禍だから「やらざるを得なかった」オンラインでの学習モデルの構築ですが、同社は、その中にあっても、その機会を子どもたちにとって有益なものにする方法を模索し、生徒がそれぞれの学習進捗状況に合わせて授業を選択し、能動的に授業を受ける力を養う環境整備を目指したのです。
さらに、集団授業と個別指導のよい所を取り入れ、あくまで生徒主体のオンライン授業ができる環境をベンダー企業と協力して3~4ヶ月かけて整えました。
その過程においても、生徒の保護者から理解を得ることを優先し、その結果それまで以上に生徒と保護者の両者からの満足を引き出すことに成功しました。
DXとは、「デジタル技術とデータを活用し、既存のモノやコトを変革させ、新たな価値創出で人々の生活をより良くする」ことです。
つまり、DX推進とは「モノ」のために行うのではなく、「ヒト」のために行うものでなければなりません。
そうした視点で考えてみると、同社の事例は、DXの本質に迫る興味深い事例だと言えるのではないでしょうか。
現在は、集団授業とオンライン授業をうまく使い分け、さらにはオンライン授業の構築を行う際に得た知識と経験をもとに、通信教材の製作や販売にも手を広げています。
DXによって新たな価値創出にも成功している同社の歩みはまだまだ止まらず、今後も子どもたちの幸せな人生に貢献し続けることは、もはや疑いがないでしょう。
行政|市川市役所
千葉県市川市役所は、行政のDX施策の中でも、実に興味深い手法をとっています。
市川市役所はYouTube上に「市川市公式チャンネル」を開設し、ライブ配信機能を使って市川市役所マインバンバーカード発行窓口、および行徳支所 市民課の窓口の呼び出し状況を、毎日ライブ配信で配信しているのです。
この配信では、特別なITテクノロジーや、コストをかけた大げさなシステムを利用しているわけではありません。
むしろ仕組みは極めて単純で、役所の窓口にある整理券の呼び出し番号が表示されるディスプレイの前に1台のカメラを設置し、ただそれを1日中流し続けているだけです。
それでも、市民からは絶大な支持を集めています。
これまでであれば、いつ呼び出されるかわからなかったため、呼び出し番号が確認できるように、市役所内で待つしかなかった利用者が、この工夫により外出先からスマートフォン1つで呼び出しの状況がわかるようになったのです。
この画期的なアイデアは、DXの本質に迫る優れたアイデアであるとインターネット上などでも絶賛されています。
なにも莫大なコストをかけて、最新のテクノロジーを用いて行うことだけがDXではありません。
そういった意味では、この市川市役所の取り組みは、「DXを推進するためには、まずはできることから小さく取り組めばよい」ということを体現している好例です。
これは、DXに多くの予算を割くことができない中小企業にとっても、非常に参考になる事例なのではないでしょうか。
DXはユーザーにとって新たな価値を提供することが目的であり、最新の高度な技術によるデジタル化が目的なわけではありません。
市川市役所の番号案内ライブ配信は、まだまだ始まったばかり(2022年12月現在)の取り組みではありますが、市民の生活を便利にする施策として、今後ますます利用が拡大していくでしょう。
まとめ~DX推進に終わりはない
DX推進を実際に行う4つの事例を取り上げて、DX推進の成功とは何なのか、何をもって成功と言えるのかについて考えてきました。
経産省がDXレポート2.1の中で示したように、DX推進は成功パターンとその道筋を明確にし、自社の現在の立ち位置を把握することが最重要です。
また、最初から大きすぎるDXの目標を掲げるのではなく、小さなDXを積み重ねて行く中で、徐々に大きな目標に到達することも意識する必要があるでしょう。
DXは、そうした確固たる意思を持ち、明確化されたゴールに向かって進めていかなければなりません。
そして、顧客をはじめとするステークホルダーたちに、その時の時代に応じた「新たな価値」を提供し続けるには、果てしないPDCAを回し続ける必要があります。
「DX推進に終わりはない」
このことを肝に銘じ、さらなる競争力を持った企業へと変貌を遂げるため、DX推進を今一度考えてみてください。