デジタル技術の発展とビッグデータの活用により、スポーツを「観る」を中心とした単純なビジネスモデルから、「賭ける(ベット:bet)」を含むより大きなビジネスモデルへと拡大する動きが、世界中で活発になっています。
そこで今回は、スポーツ業界の新たなビジネスモデルとして、DX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)を活用したスポーツベッティングが、どのようにスポーツ業界の発展に寄与するのか。更に、そのためにはどのような課題があるのかについて解説してまいります。
スポーツ業界に携わる方のみならず、新たなビジネスモデルを模索するあらゆる業界の方も、DXが生み出すビジネスモデル変革の参考例の1つを知る機会として、どうぞ最後までお付き合いください。
目次
スポーツビジネスのトレンド「ベッティング」
デジタル技術の進歩によりオンラインでの情報量と通信スピードが発達したことで、「スポーツベッティング」のビジネスが多様化しています。
本章ではスポーツベッティングの基礎知識と、なぜ今、スポーツ業界で注目されているのかを解説します。
スポーツベッティングとは
スポーツベッティングとは、スポーツ競技を対象とした「賭けビジネス」のことです。
スポーツという「勝敗のある勝負事」を賭けの対象とすることは、合法・違法を問わず古くから「ブックメーカー」あるいは「スポーツ賭博」として、世界中で様々な形式により行われてきました。
従来のスポーツベッティングのビジネスモデルは、競技が開始する前にユーザーが特定のチケット売り場などでベット(賭ける)する「オフライン方式」が主流でした。
しかし近年では、高速通信やデータ処理などのデジタル技術が進んだことで、オンラインでの購入が可能となり、世界中どこにいても賭けに参加できるようになりました。
賭けの対象も単なる試合の勝敗だけでなく、選手個人の得点数を始め、試合で起こり得るありとあらゆる事象が賭けの対象になり、試合を観戦しながら賭ける「ライブベッティング」が主流になりました。
既にスポーツベッティングが一般的になっている国も多く、賭けの対象となるスポーツジャンルは野球やサッカーだけではなく、テニスや卓球、さらには日本の国技である相撲やe-スポーツなど多岐にわたり、国内の試合のみならず全世界のスポーツ競技が対象となっています。
デジタル技術の進化により、今やスポーツベッティングは国境を越え、新たなスポーツビジネスのチャンスを生み出しているのです。
ベッティング市場規模
日本国内におけるスポーツ業界全体の市場規模は、2012年が5.5兆円であったのに対して2018年には9.1兆円にまで成長しており、増加傾向にあります。
しかし、2020年には新型コロナウイルス感染拡大の影響で、スポーツ観戦の売上だけでなくファングッズ、スポーツウェア、施設利用などの売上も減少しました。
日本だけでなく、世界の多くの国でスポーツ業界全体の市場が大きなダメージを受けたのです。
それに対して、スポーツベッティングの市場規模はコロナ禍でも急激に拡大しています。
例えば、世界で最もスポーツベッティングが盛んな米国における掛け金総額は2020年で約2兆円、2021年には約6兆円(2020年末現在のレート換算)と急激に伸びました。
一方、日本では現状の法規制上、基本的にスポーツベッティングを含む賭け事は認められていません。
公営ギャンブルである競馬や競輪を除き、唯一スポーツ業界として「賭け」を認められているものとして「サッカーの振興」を目的としたスポーツくじ「toto」がありますが、その売上は2020年度でも1,017億円であり、その市場規模はまだまだ小規模にとどまっています。
ベッティングへ期待をかけるスポーツ業界
新型コロナウイルスの影響により停滞してしまったスポーツビジネス市場ですが、スポーツベッティングはその市場を活性化させる可能性を持っています。
なぜなら、スポーツベッティングはこれまでとは違う新しいスポーツの楽しみ方を提供できるからです。
スポーツを、単に「観戦する」だけのものではなく、スポーツベッティングを通じて「賭ける」ものとしても売り出すことができれば、スポーツ業界の市場拡大が期待できます。
スポーツベッティングのビジネスモデルが定着すれば、既存のスポーツファン以外にも能動的に「賭けの対象」としてのスポーツに関心を持つ層を獲得できるでしょう。
また、「賭け」をきっかけにそのスポーツに触れた人の中には、その競技のファンになって試合観戦に行くようになる人や、自分自身でプレイする人も出てくるに違いありません。
つまり、スポーツベッティングによりスポーツ自体への関心が高まれば、スポーツに参画する人口の増加に繋がることも期待できるのです。
ファン人口の増加に伴って視聴者数が増えれば、放送権料収入も増え、スポーツ市場の価値を高めることができるでしょう。
インターネット広告事業大手の株式会社サイバーエージェントによると、日本でスポーツベッティングが合法化されれば、その市場は約7兆円規模に及ぶと推計されています。
スポーツベッティングという新たなビジネスを展開することは、スポーツ業界を成長させるために重要な要素です。
デジタル技術を活用したスポーツベッティング
スポーツベッティングのビジネスモデルの主流は、オンラインの活用が欠かせません。
安心・安全かつリアルタイムで多様なスポーツを賭けの対象とできる「ライブベッティング」を実現するために扱う情報量は膨大なものとなり、その処理をタイムリーに行うには、高度なデジタル技術が必要です。
また、選手の肖像権・パブリシティ権など特別な配慮が必要なデータがあることも考慮しなければいけません。
このような状況の中で、オンラインのスポーツベッティングはどのように行われているのでしょうか。
本章ではデジタル技術を活用したオンラインでのスポーツベッティングに関わる諸権利の商流と、データ権利の利用について解説します。
ベッティングビジネスの商流
一般的にオンラインにおけるスポーツベッティングビジネスの商流に関わる事業者は、次の3者です。
- 権利を所有する「ライツホルダー」
- 賭博の場を提供する「ブックメーカー」
- ライツホルダーからデータを買い取り、ブックメーカーに提供する「データプロバイダ」
スポーツベッティングを行うには、試合で活躍する選手などのデータが必要になりますが、当然ながらそれらデータは自由に利用できるわけではなく、肖像権・パブリシティ権などで守られています。
選手は、自身の肖像などの利用について所属するクラブ、または競技全体を統括する団体に対して許諾する形の契約を結んでいることが一般的です。
そのため、スポーツベッティングをビジネスとして実施する場合、そうした権利を保有する「ライツホルダー」に利用許諾を得なければいけないのです。
しかし、各ブックメーカーがそれぞれクラブや団体と交渉し、個別に利用許諾契約を締結しているわけではありません。
煩雑な権利関係のやりとりや賭けの対象となるデータの整理・管理を一手に担い、ライツホルダーとブックメーカーの間を繋ぐのが「データプロバイダ」です。
上図が示す通り、3者がそれぞれ次のような役割を担うことでスポーツベッティングビジネスは成立しています。
- ライツホルダー
選手や団体の権利を保有し、それを賭けのデータとしてデータプロバイダに提供し利用料を徴収。選手やチーム・団体の肖像・映像等のライセンス付与、およびライセンス料支払いの役割も持つ - データプロバイダ
ライツホルダーから利用可能なデータを入手。賭けとして利用できるオッズなどのデータを生成し、そこに付加価値をつけブックメーカーに提供 - ブックメーカー:ユーザー向けに実際に賭けを行える環境を整え、場を提供するオペレーター。ユーザーから参加料(掛け金)を受け取り、賞金を払い出す窓口
一連の流れが活性化されることにより、選手個人やチーム・団体、ファンを含むスポーツビジネスに関わるあらゆる立場の人への利益分配が期待できます。
このような観点から見てもスポーツベッティングは、スポーツ業界の活性化に寄与できるビジネスなのです。
ベッティングビジネスの多様化に重要なスタッツデータ
「スタッツ」とはチームや個人の成績の統計を指し、「スタッツデータ」は様々な個人選手やチームのプレー成績をデータ化してまとめたものです。
その中には例えば、野球における各選手の打席数、サッカーならばチームのシュートの数など簡単に数えられるデータから、ボールの回転数や試合におけるボール支配率など観戦しているだけでは得ることのできないデータまで様々なものが含まれます。
デジタル技術の進化により、試合中に起こるありとあらゆる事象がデータ化され、賭けの対象となり得るのです。
そのためスタッツデータの拡充は、スポーツベッティングのビジネスの幅を広げることに繋がります。
充実したスタッツデータを提供することは、スポーツファン層に対してだけではなく、スポーツベッティングのファン作りのための重要なデータになるでしょう。
スポーツベッティング発展への課題
今後スポーツベッティングが日本で発展するためには、どのような課題があり、何を解決すべきか解説します。
スタッツデータの商流形成
スタッツデータが拡充しベッティングビジネスが多様化していることに伴い、課題となるのは「データの権利があいまい」であることです。
個人の顔写真や身長、体重といった生体データは肖像権などで保護される可能性がありますが、スタッツデータは現行の法律では権利が定められていません。
「DX 時代のスポーツ産業の振興とスポーツエコシステムの確⽴」を⽬的として2022年発足した「スポーツエコシステム推進協議会」は、同年4月にスタッツデータの利用について、日本が被っている逸失利益に関する分析結果を公表しました。
この資料によると、日本のスポーツのスタッツデータを利用した海外のベッティングは、年間5〜6兆円規模で行われているにもかかわらず、その利益のほとんどを日本は得られていない状況です。
つまり、日本のスタッツデータを用いて、海外の企業が利益を得ているのです。
日本のスポーツ業界が今後も発展するためには、スタッツデータの商流を作り出すビジネスの整理と仕組みづくりが重要になります。
日本の法規制による課題
日本でもスポーツベッティングの議論が始まっていますが、その上で大きな課題となっているのが法規制です。
海外では合法化が進んでいますが、日本では法的に認められておらず、現状ではスポーツベッティングビジネスは展開できません。
日本の刑法185条では国内での賭博を禁じているため、賭博の要素があるスポーツベッティング導入には法改正が不可欠となります。
賭博に関しては、様々な考え方があるとはいえ、スポーツベッティングがスポーツ業界にもたらす様々なメリットや、日本のスポーツが海外で賭けの対象となっているにもかかわらず、日本はほとんどその利益を得られていない現状を踏まえると、日本も合法化に向かって議論していくのが合理的な判断でしょう。
一方で、合法化の際に配慮しなければいけないのが「八百長問題」です。
日本でも賭博が解禁された場合、選手や審判だけではなく競技に関わる全ての人が不正をできない仕組みづくりが重要になってきます。
例えば、公営ギャンブルの競馬や競輪では騎手や選手はレースの前日から、指定の宿舎(調整ルームなど)に泊まる必要があります。
その間は、外部との接触が出来ないように携帯電話などの通信機器はもちろん、インターネットの接続もできません。
レース前の外部との接触を厳しく制限することで、勝敗を操作して賭博で不正な利益を上げることが出来にくい体制を作っているのです。
しかし、この策をすべてのスポーツで適用させるのは現実的ではありません。
そのため、海外ではデータプロバイダ事業者と、ブックメーカー事業者が連携して様々なテクノロジーを活用することで、ベッティングデータの監視と不正防止対策を講じています。
日本国内においても、スポーツベッティング解禁の法整備と併せて、不正が起こらない仕組みの整備が必要なのは間違いないでしょう。
まとめ
スポーツ業界の未来を変えうる可能性のある、スポーツベッティングの発展と課題について解説しました。
新型コロナウイルス感染症により、大きな影響を受けたスポーツビジネスですが、スポーツベッティングを導入すれば、ライセンス収入や手数料など直接的な収益と、新たなファン層獲得による間接的な収益が期待できます。
それだけでなく、競技に携わる人口の底上げにも繋がるでしょう。
停滞しているスポーツ業界全体の活性化と発展において、デジタル技術によって進化するスポーツベッティングは、新たな価値を生み出すビジネスモデルです。
しかし、世界から大きく遅れを取る日本がスポーツベッティングを広く展開し、これ以上のビジネスの機会損失と逸失利益を防ぐためには、いかに迅速にDXの推進と法整備をしていくかが重要となります。
旧態依然のビジネスモデルを継続させるだけではなく、時代や状況の変化に合わせた新たな価値を創造するビジネスを検討してみてください。