国内主要産業の1つとして数えられるほどの市場規模でありながら、DX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)推進が、他業界と比べて大きく遅れていると言われている不動産業界。これからのビジネスでは、DX推進が不可欠という認識が業界の枠を超えて広がる中、このままでは不動産業界はこの流れから取り残されてしまうのでしょうか。
そのような問題意識から、本特集では「不動産DX」と題して、様々な視点から不動産業界のDXについて解説している本連載。第1回目では、不動産業界のDXが遅れていると言われるその要因と、DX推進への課題について解説致しました。
第2回目となる今回は、改めて基本に立ち返り「なぜ不動産業界はDXを推進しなければならないのか」に着目し、DXが不動産業界にもたらすメリットについて解説します。
それに加えて、大手不動産会社を中心に実際に導入が始まっている、いくつかのDXソリューションをご紹介します。
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目次
DXが不動産業界にもたらすメリット
経済産業省が、2018年に発表した【DXレポート~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~】内で警鐘を鳴らしているように、DXを推進することは、不動産業に限らず、現代の企業にとっては必須の経営戦略です。
同レポート内では、「日本企業がDXを推進していかなければ2025年以降の5年間で最大年間12兆円の経済損失が生じる」と予測されており、この「2025年の崖」問題を乗り越えるためにDX推進の重要性が強調されています。
業界の枠を超えて、DXが進められているのは、こうした危機的な状況への問題意識が背景にあるのです。
「2025年の崖」問題に向けて、DXはさらに加速的に進められていくと考えられるため、今後、DX推進に取り組んでいる企業とそうでない企業との差は開いていく一方でしょう。
不動産業界も例外でありません。今このタイミングでDX推進に踏み切らなければ、これからの社会で企業の競争力を保ち続けることもままならなくなる可能性があります。
現に、新型コロナウイルスの影響によって、不動産業界においてもオンライン商談やVR内見といった非接触型の接客が取り入れられています。
また、従業員のリモートワークを導入する企業も増加し、これまでは許されていなかった電子契約に関しても、法律の改正により導入が始まりました。
今後、不動産業界でも益々DX推進への流れは加速され、これまでとは違った他社との差別化が必要になってくるでしょう。
そのためには、ライバル企業に遅れることなくDXを進めていかなければなりません。
しかし、不動産業界のDX推進とはいったいどのようなメリットをもたらすものなのでしょうか?
人手不足の解消
不動産業界の長年の悩みとして人手不足が挙げられますが、今までマンパワーが必要だった単純作業をデジタルに置き換えて効率化ができれば、限られた人員でもストレスなく業務を進められます。
業務を効率化できれば、不動産会社にありがちな「長時間労働」や「過度な休日出勤」などの労務上の諸問題の解決につながると考えられます。
こうした問題が解決できれば、他社への人材の流出を防ぐこともできるでしょう。
また、長時間労働など労働環境を理由に退職する従業員が減少すれば、不足している人員を補うための採用活動をする機会も減少しますので、そこに投資していた時間やコストの削減も期待できます。
また働きやすい環境が整えば、従業員の仕事に対するモチベーション向上にもつながり、今まで以上の成果も期待できるはずです。
業務効率化による生産性の向上
DX推進の第一段階としては、紙書類のデジタル化や、ルーティンワークへのITツール導入等が挙げられます。
これらの施策は、すでに様々なツールやサービスが提供されており、そうしたモノを利用することで導入にかかるコストも抑えることができます。
また、こうした施策を実行するだけでも業務の効率はこれまで以上にアップできるため、アナログ文化が根強く残っている多くの不動産会社にとっては大きなDXの第一歩となり、業務の効率化の成果を実感できるはずです。
例えば、紙で保管していた帳簿などをデジタル化すれば、いちいちファイルをめくって書類を探す必要がなくなるでしょう。
デジタル管理されたファイルは、容易に検索可能なので見つけやすいため、書類の確認などの作業効率が飛躍的に向上するのです。
また、紙媒体を保管するために設置されていた書類で山積みのキャビネットも不要になるため、物理的に場所を有効活用できるようにもなります。
他にも、これまではExcelなどの表計算ソフトで表組みを作り、担当者が手入力していた諸々のデータ処理をシステム化すれば業務の効率化は一気に進むでしょう。
手入力の手間がなくなるだけでなく、入力時のヒューマンエラーを防ぐこともできる点も大きなメリットです。
DX推進により、これまで入力やチェックのために割かれていた時間を最小限に抑えることができれば、その時間を営業活動など売上に繋がる業務に充てることができるようになります。
つまり、業務効率化は各従業員の生産性や売上の向上にも繋がることが期待できる施策であり、ひいては会社全体の利益率向上も期待できるのです。
顧客満足度の向上
こうした既存業務の効率化だけでも、企業にとっては非常に大きなメリットがあるでしょう。
しかし、DX推進の目的はビジネスにおける「新しい価値の創出」であり、それを実現するためには徹底した顧客目線が必要となります。
これまでは対面販売が当たり前だった不動産業界においても、コロナ禍以降の顧客行動の変化も含めて、オンラインへの変革が求められています。
新築マンションの販売を例に挙げると、最近はモデルルームに行かずに見学ができるリモート商談が当たり前となってきています。
これは、遠方の顧客にとっては旅費などの金銭的負担が減少するといったメリットと共に、コロナ禍で出来る限り他人と接触する機会を減らしたいという、現代の顧客ニーズにも合致した手法です。
また、不動産購入を考える顧客が抱える「モデルルームに行くと販売員からハードな売り込みをされてしまうのではないか」といった、心理的ハードルをやわらげる役割も果たしていると考えられます。
顧客ニーズを満たすために、オンライン商談を含むデジタルテクノロジーの導入といったDX施策を行い、新たな住宅選びの形を提供できるように、不動産業界のビジネスモデル自体が変わり始めているのです。
徹底的な顧客目線と、業務効率化で生まれた時間を更に顧客に費やそうという意識。デジタルテクノロジーも活用しながら、顧客に「新たな価値を提供すること」を模索し続ければ、サービスの質は必然的に向上していきます。
こうした姿勢での取り組みを続けていけば、顧客満足度も向上していくでしょう。顧客満足度が上がれば上がるほど、会社のブランディングも強化できることは間違いありません。
その中で、他の企業とは違う自社の強みを示すことが出来れば、DXが進むこれからの時代においても生き残り、活躍する企業になることができるでしょう。
不動産業界のDXソリューション
DX推進のメリットと重要性を確認したところで、最後に不動産業界で既に活用されているデジタルツールやシステムについて見ていきましょう。
ここでは、大手不動産会社を中心に、実際に導入が進んでいるDXソリューションについて解説していきます。
契約書類の電子化
2022年5月より、改正宅地建物取引業法が施行され、不動産業界でも取引のオンライン化が全面解禁されました。
これにより「定期建物賃貸借契約書」や「宅地建物売買等の重要事項説明書」などがオンラインで手続き可能となっています。
これまで顧客の面前での手続きが必要だった契約などをオンライン化すると、「訪問にかかる時間の短縮」や「書類管理の容易さ」などの点でメリットが生まれるだけでなく、印紙の負担も不要となるため、コスト削減にも繋がります。
ただし、契約手続きなど重要な権利関係のやり取りをオンラインで行うという事は、これまで以上に個人情報の取り扱いに注意する必要が生じるということでもあります。
導入にあたっては、より強固なPCのセキュリティ強化策等を併せて検討することが必須となるでしょう。
AI査定
「AI査定」とは、物件の売買時にAI(人工知能)による機械学習の技術を用いて、これまでにないほど短時間かつ簡単に物件の査定ができるシステムです。
「所在地」や「物件種別」「築年数」などの情報を入力すれば、AIが過去の膨大な取引データから、照合・比較を行ってくれるため、短時間での査定が可能となります。
AI査定システムが導入されたことで、これまでであれば数日かかっていた物件の査定診断が、ものの数分で完結するようになりました。
物件の売買の際の重要な情報を短時間かつ簡単に得ることができれば、売り手側にとっても買い手側にとっても大きなメリットがあるでしょう。
ただし、現状のシステムでは「築年数以上に痛みが見られる」「破損箇所がある」などといった物件個別の要素は反映できません。
そのため、まだまだ精度に関しては課題があり、あくまでも目安としての情報になります。
しかし、今後取引実績が増えて情報量が蓄積されるにつれてAIの能力も向上していくため、そういった課題に関しても改善が期待されています。
バーチャルステージング
欧米では、販売時に室内に家具や照明などを実際に配置する「ホームステージング」という販売手法が一般的ですが、日本ではモデルルームや住宅展示場のような形がほとんどでした。
これは顧客ニーズに沿った対応というよりは、新規マンションの販売などならともかく、単発の戸建てや中古住宅の販売の場合は、家に合う家具や照明を用意することが予算的に難しいという側面もあったようです。
この課題を乗り越えるために登場したのが「バーチャルステージング」という、CGを用いて部屋に家具や照明を設置したイメージ画像を描き出す技術です。
バーチャルステージングを利用すれば、CGで描いた家具の設置イメージを見せるだけでなく、陽の差し具合など細部まで表現することが可能です。
これは、予算的にホームステージングを行うことができない物件だけでなく、新築マンションの販売においても役立つ技術です。
近年、新築マンションの販売時にモデルルームを作る代わりに、都心部など利便性の高い場所にショールームを作って複数マンションのモデルルームを集約させる販売会社が増えてきました。
この方法は販売会社にとっても顧客にとってもメリットのある手法ですが、一方で、この方法では間取りパターンをすべて見せることができないなどのデメリットもありました。
しかし、バーチャルステージングと組み合わせることで、暮らしのイメージを顧客によりリアルに見せることができます。
ショールームで実際の質感や色味を確認しつつ、バーチャルステージングで部屋ごとの暮らしのイメージしてもらうといった「リアルとデジタルの掛け合わせ」で、より効率的かつ満足度の高い物件探しを実現しているのです。
VRによるオンライン内覧
前項のバーチャルステージングを更に進化させた技術として、VRを使ったオンライン内覧も人気のサービスです。
VRとは「Virtual Reality:バーチャル・リアリティ/仮想現実」の略で、専用ゴーグルを使用してまるでその場ににいるかのような体験ができるシステムを指しています。
この技術を使うとゴーグル内にリアルな室内画像が表示され、まるでモデルルーム内を歩いているかのごとく見学ができるのです。
360°全ての角度をチェックでき、リアルな広さまで体感可能で、配置した家具の間を歩いてみたり、室内の色合いを変化させ時間帯による明るさをチェックできたりもします。
不動産営業の現場では、室内の見せ方が何よりも重要です。
【VR内見が生み出すメリット】
- 顧客はよりリアルなイメージを持って見学ができる
- 移動をする必要がなく、同じ日にいくつもの物件を内覧することが可能
- 実際に物件にいかずともリアルな現場体験が味わえる
更に、VR内覧で訪問した家の感想などを聞き取ることで、担当者もより高度な提案ができ、成約率の向上効果などが期待できる注目のソリューションです。
まとめ
「不動産DX」の特集2回目として、DXが不動産業界にもたらすメリットと、実際に導入が始まっているいくつかのソリューションについて解説致しました。
残念ながら、不動産業界に関しては業界の体質などの課題により他業種よりもDX推進が遅れているのは間違いありません。
本記事をお読みいただき、今一度DXの重要性を理解した上で、貴社の業務をどうすればより効率的にDXが推進できるかを、ソリューション例なども参考にぜひご一考ください。
特集最終回となる次回は、既にDXに取り組んでいる不動産会社4社を例に取り、不動産DXの未来について考えてまいります。