沖縄の経済においては、観光産業が大きなウエイトを占めており、県の経済を発展させるためには、観光関連のサービスは欠かせない存在です。
コロナ禍で落ち込んだ沖縄の観光産業の復興は、まさに地域経済再生のカギであり、行政からの観光業への支援は今後より一層の課題となりました。
こうした観光産業の復興を支える施策として注目されているのが、観光業界のDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)です。
他県と比較して、沖縄の経済は、観光や情報・サービス業をはじめとする第3次産業中心に成り立っており、ホテルや飲食店などの観光関連の仕事に従事する人も多いのが特徴です。
筆者自身、沖縄在住であり、「新型コロナウイルスの影響で一時は廃れかけてしまった観光産業をどうにか再生させたい」と取り組む企業の想いには深く感じるものがあります。
そこで今回は、観光立県沖縄のDX推進事例を取り上げ、DX推進は観光業にどのような効果をもたらすかを解説します。
沖縄の観光産業を地域で盛り上げていくため欠かせないDX推進について、事例を踏まえながらご紹介して参りますので、どうぞ最後までご一読ください。
目次
沖縄観光業界の現状
本題に入る前に、まずは沖縄の観光業界の現状について整理します。
沖縄に訪れる観光客数の推移を見ると、本土復帰から年々増加傾向をたどり、令和元年の年間入域観光客数は初の1,000万人を突破しました。
上り調子だった沖縄の観光産業ですが、県全体の産業に占める観光業への依存度が高かった分、新型コロナウイルスまん延の影響による経済的損失も甚大なものになってしまいました。
海外路線の運休などの影響もあり、令和3年には訪日外国人旅行者数はほぼゼロとなり、国内観光客数も激減。宿泊客の減少などにより苦境にあえぐ沖縄観光業界の姿は、TVやラジオで大きく取り上げられたため、記憶に新しい読者さんもいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし、だからといって、沖縄の「魅力」や「文化の価値」が落ちたというわけではありません。新型コロナが落ち着きをみせ、コロナ前の日常に戻りつつある現在、沖縄の観光産業は復活の兆しを見せています。
このことは沖縄にとって歓迎すべきことですが、ただ単に「コロナ前に戻るだけ」では、コロナで大きなダメージを負った沖縄の観光産業の復興、ひいては沖縄全体の経済発展にまでは結びつかないという不安もあります。
これからの時代にも選ばれ続ける場所であるためには、沖縄の「魅力」や「文化の価値」を最大限に発揮し、味わってもらえる施策が重要です。
例えば、沖縄県内のインバウンド需要は回復しつつありますが、よりスムーズな海外客への対応のためには、外国語での案内表示や通訳、通信環境整備などへの投資は必要不可欠です。
令和4年には沖縄県知事が決定した「新・沖縄21世紀ビジョン基本計画(沖縄振興計画)」で、「世界から選ばれる持続可能な観光地の形成と沖縄観光の変革」が基本施策に掲げられていますが、この施策の実現のためにも検討すべき課題はたくさんあります。
特にコロナ禍の教訓を糧に、「外部からの変化に強い観光産業の基盤整備」を進めるためには、県レベルだけでなく、各自治体や観光業者、それにかかわる様々な企業などの中で議論が行われ、基本計画に沿った見直しが期待されています。
現在、県と市町村では観光施策費用の一部を宿泊者から負担してもらう、「宿泊税」の導入も検討されていますが、裏を返せば、こうした新たな費用を「支払ってでも行きたい」と思ってもらえるような観光産業でなければならないのです。
こうした変化の中で一県民として思うことは、やはり地域住民の活気や沖縄の魅力はコロナ禍の前後で何も変わらないということです。
若者層を中心に観光を盛り上げている市町村もありますし、芸能や民謡で心を豊かに、地域で賑わう沖縄の姿は今も続いています。
地域住民の「生の生活」が沖縄観光の魅力であり、地域ごとの魅力をさらに伝えていくことができれば、これまで以上に観光産業を活発化させることができるかもしれません。
コロナ前に戻ろうとするのではなく、アフターコロナの時代における観光客のニーズに応えることが、沖縄観光産業の新たな構築へ繋がるのではないでしょうか。
参考:https://www.ogb.go.jp/-/media/Files/OGB/Soumu/gaikyou/keizaigaikyou2023.pdf
沖縄のDX事例1:旅行事業
沖縄の観光業界を支える、大きな軸の1つが旅行事業です。
旅行事業のDXは沖縄観光の底上げに繋がることから沖縄県内の企業では、行政とも協力しながら様々な取り組みを開始しています。
ここでは、沖縄の旅行業界の中でもDX推進に特に力を入れている「沖縄ツーリスト株式会社」を例にご紹介します。
地域主導型観光プラットフォームの構築
沖縄ツーリストの注目すべき取り組みとして挙げられるのが、新しいビジネスモデルの構築です。
これまでの旅行事業者のビジネスモデルでは、不特定多数の顧客に対してアプローチするマスマーケティングが一般的であり、情報を受け取る人が、事業者が提案する旅行プラン企画に必ずしも一致する客層(ターゲット)とは限らないことが課題でした。
しかし、沖縄ツーリストが進める地域主導型観光プラットフォームでは、ユーザーがスマホアプリなどで宿や施設の予約をした際に、提供することに同意したデータをもとに、顧客の予約情報を詳細に把握できます。
このデータをもとに、客観的なデータを分析することで、相手に合ったプランの提案ができるようになるのです。
例えば、年齢や性別といった顧客属性だけでなく、購入履歴から興味・関心や行動様式のデータを取得している場合には、さらにその人向けにパーソナライズしたぴったりのプランを提供できます。
この新しいプラットフォームでは、あらかじめ設定されたテンプレートを基に、宿泊事業者や観光事業者が直接旅行プランを作成して、サイトに登録することができます。
沖縄ツーリスト側としては、旅行者、サービス提供者双方のニーズに合った旅行プランの実施を省力化できるようになり、同社の人的リソースの不足が解消できるようになりました。
ユーザーは自身の興味・関心に合ったプランの提供を受けることができ、事業者は自社の提供するサービスを積極的に押し出すことができる。更に、沖縄ツーリストは業務の効率化が実現するという、まさに「三方良し」を実現するプラットフォームだと言って良いでしょう。
更に同社は、このプラットフォームを構築することで、新たな付加価値を生み出すことになりました。
- 地域主体で旅行のトータルプロデュースができる
- 需要に合わせたリアルタイムな価格調整・販売ができる
- 観光産業の生産性向上に繋がる
新しいビジネスモデルでは、個別にカテゴライズされた観光客にアプローチできるようになったため、地域の特色や強みを活かした企画と販売が可能となるなど、これまでのビジネスモデルでは提供できなかった顧客体験を創出することができ、顧客満足度の向上への繋がっています。
観光客との現場対応の変化
沖縄観光を検討している顧客へのアプローチだけでなく、実際に沖縄に訪れた観光客を向かい入れる現場においても、DXによる様々な業務効率化の取り組みが行われています。
現場対応の1つとして注目されているのが、キャッシュレス決済の導入です。
キャッシュレス決済は、旅行業界に限らずあらゆる業種で導入が進んでいるテクノロジーですが、沖縄の旅行業界でもその取り組みは進んでいます。
例えば、沖縄県内での観光では電子チケットの使用が推奨されており、移動など様々な場面で、その都度発生する精算のキャッシュレス化に対応しています。
電子チケットは、交通事業者や観光施設などが取扱業者になっており、沖縄県内全域で便利なサービスを提供する環境を作りだしました。
また、沖縄県内の一部のホテルでは、顔認証技術を使って非接触の手続きができるシステムが導入されています。
顔認証技術は、感染症対策だけでなく、ホテルのチェックイン時の効率化も期待できるため、人件費の削減にも貢献します。
更に、電子チケットの使用データと顔認証チェックインの機能を掛け合わせることで、購買記録のデータから旅行会社がターゲットユーザーの絞り込みができるメリットがあるなど、単なる業務効率化の施策としてだけではなく、ビジネスモデルの変革を生み出す技術としても期待されているのです。
これこそまさに、「デジタル技術とデータを活用し、既存のモノやコトを変革させ、新たな価値創出で人々の生活をより良くする」という、DXの本質に即した施策だと言えるのではないでしょうか。
沖縄のDX事例2:レンタカー事業
沖縄に訪れる観光客が「旅行の足」として利用できる交通手段は、主に次の4つです。
- レンタカー
- モノレール
- バス
- タクシー
このうち、沖縄県の文化観光スポーツ部観光政策課による「令和3年度観光統計実態調査」によると、全観光客が利用した交通機関のうち、レンタカーの利用率が62.1%を記録するなど、レンタカーは今や県内観光の足を支える重要な事業分野へと発展しました。
これは、近年の「観光客が自由に『自分なりの時間』を楽しむ傾向」が増加してきたことにも起因していると考えられています。
需要が増しているレンタカー事業ですが、企業としては、利用者の免許証確認作業や、使用の前後に行う車内の清掃など、運営には意外と手間のかかる事業でもあります。
日本全国で問題となっている労働人口の減少は、当然こうした沖縄レンタカー事業にも大きな影を落としているのです。
観光客にとっては、「どこでも」自由にレンタカーを借りたり返したりできることは大きな利便性に繋がりますが、実際には人手不足により、レンタカーの事業所を簡単に増やすことなどできません。
コロナ禍以降は通常の業務に加えて、車内の消毒作業などの新しい業務も増えており、従業員1人ひとりに対する負担が増えることが懸念されていました。そして、人手不足がその状況にさらなる拍車をかけているのです。
それを解決する施策としても期待されているのがDXによる業務効率化です。
現在では、多くのレンタカー事業者でDXへの取り組みが進んでおり、無人化・省人化されたレンタカー店舗が増えてきました。
顔認証システムの活用
沖縄ツーリスト株式会社のレンタカー事業「OTSレンタカー」では、独自の顔認証システムの活用で人手不足の解消を実現しています。
OTSレンタカーでは、2021年から利用時の受付にアイ・ムーブ株式会社(本社:沖縄県)の「実証実験顔認証プラン」を使ったチェックインシステムの構築に取り組み始めました。
顔認証システムは、スマホのアプリで事前に利用者の顔写真と運転免許証を登録。支払いもクレジットカードで事前に済ませておくことで、当日はスマホに届いた専用URLにアクセスし、スタッフにその画面を見せるだけでカギを受け取ることのできるシステムです。
これまでのように事業所に訪れてから諸々の手続きを行うことがなくなったため、利用者とスタッフの対面でのやり取りをスムーズにしてくれます。
新型コロナウイルスによる接触リスクの軽減はもちろん、省人化のメリットや待ち時間の短縮による顧客満足度の向上も含めて、今後ますます期待されるテクノロジーです。
AIによる無人化の実現
外国人観光客専門の旅行会社を運営するKAFLIXCLOUDは、レンタカー業務をAIを使って無人化・省人化できるシステムを開発しました。
KAFIXCLOUDが開発したシステムは、予約から配車までAIを使って一元管理します。
例えば、AI技術で利用者に最適な車種を提案したり、全ての契約を電子化したり。さらには顔認証システムやキャッシュレス決済システムの機能を併せ持つことで、受付業務を完全に自動化しました。
これにより、省人化・無人化を実現するKAFIXCLOUDのシステムですが、同システムの提供するサービスはこれだけではありません。
KAFIXCLOUDでは、レンタカー市場としては日本初となるEPR(Enterprise Resource Planning/基盤システム)を導入し、レンタカー事業に関わるあらゆる業務を効率化し、これまでの1/3程度の人員で運用することが可能になりました。
これは、事業者側だけのメリットに留まらず、顧客の利便性にも繋がると考えられるため、レンタカー利用者の増加による利益拡大も期待できるでしょう。
このシステムは2022年9月に沖縄県内のレンタカー会社が導入しており、レンタカー市場のDX推進による大きな変革が期待されています。
まとめ~沖縄のDX推進は、地域全体での取り組みがカギ
沖縄の観光産業を変革させるDX施策について、いくつかの事例とともに解説しました。
沖縄は、県内収入に占める観光産業収入の割合が高いことから、新型コロナウイルスまん延の影響による影響を最も大きく受けた都道府県です。
そんな沖縄の地域経済を再生させるためにも、今、観光業のDX推進が期待されているのです。
旅行事業やレンタカー事業の取り組みは、コロナ禍で変わった観光客のニーズの変化に早急に応えていけるかが課題となるでしょう。
観光立県沖縄として他県に負けない魅力を伝えていくためには、なによりも地域との連携を密にして、地元の魅力を発信する取り組みがカギとなります。
筆者も、沖縄の風土や人の温かみに育てられたと実感していますが、沖縄の魅力は地域住民の「ゆいまーる(助け合い)精神」から成るものだと思っています。
沖縄観光に関わる様々な事業をDXによって変革していくことは、確かに大きな今後の課題です。
しかし、沖縄ならではの地元の魅力をこうして「沖縄県民が発信」していくことも、観光業の発展に繋がるのではないでしょうか。
今後も機会があれば、こうした沖縄ならではのDXへの取り組みやその周辺事業について、様々な形で皆様にお届けしたいと考えています。
沖縄県に限らず、DX推進に取り組む観光業関係者の方は、ぜひこの記事を参考にしてみてください。