2016年1月からマイナンバーカードの交付が開始されて以降、政府は2022年末までの全国民の取得を目標に様々な政策を実施してきました。
しかし、マイナンバーカードは政府の思惑通りには普及せず、現在でも利用者は全国民の一部に留まっています。少なくとも、多くの国民が生活の一部として活用している状況とはお世辞にも言えません。
改めて言うまでもなく、DX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)を推進する上で、利用者が「変革の価値」を理解して活用することは欠かせません。
仮に、どれだけ優れた技術や仕組みであっても、利用者にその価値が伝わらなければ、大きな変革にはつながらないのです。
では、そもそもマイナンバーカードは真にユーザー(国民)の利便性を考えて作られたDX推進策といえるのでしょうか?
今回はマイナンバーカードによるDX推進の現状と政策、更には地方自治体の取り組み事例をご紹介しながら「マイナンバーカードは本当に国民のためになっているのか?」について考察してみたいと思います。
目次
マイナンバーカードの現状
マイナンバー制度は行政手続きを効率化することで、国民の利便性を高めることを目的に、これまでは管轄の省庁ごとに別々に管理・運用されてきた社会保障や税、さらに災害時の必要書類の確認などに関わる行政が保有する個人情報をまとめて管理できる仕組みとして導入されました。
マイナンバーカードは、行政機関や雇用主に伝える個人番号の証明であると同時に、金融機関、民間事業者に対しては、運転免許証のように本人確認書類としても利用できます。
しかし、マイナンバーカードの利便性はこれだけに留まりません。
近年、これまでは行政窓口に直接行かないと不可能だった諸手続きが、インターネットを利用してオンラインで手続きが出来るようになってきています。
マイナンバーカードがあれば、オンラインで手続きを行う際に、個人の証明を簡単かつ正確に行う事が出来ます。
オンラインでの行政手続きを可能にするマイナンバーカードは、行政の作業効率が上げるだけでなく、身分証明書の代わりになったり、行政手続きの簡略化に繋がったりするなど、国民生活にも有益な影響をおよぼすことを目的とされたDX推進策です。
特に新型コロナウイルスのまん延以降は、感染予防対策に有効な非対面での行政手続きが可能になる仕組みとして、大きな期待が寄せられています。
このような背景もあり、政府は2022年末迄にほぼ全国民にマイナンバーカードが行き渡ることを目指していますが、2022年6月1日現在の交付枚数率は44.7%に留まっている状況です。
国民の利便性を高めるために導入したマイナンバーカードはなぜ普及していないのでしょうか。この問いを考えるために、まずは政府と国民それぞれの立場からマイナンバー制度について考えてみましょう。
政府の思惑
政府は、世界に遅れをとっている日本のデジタル化を進める1つの柱として、マイナンバーカードを普及させるために様々な政策を実施しています。
代表的な例を挙げれば、マイナンバーカードを取得した国民1人ひとりに対して行った、電子マネーに交換出来るマイナポイントの付与があります。
この政策は、実質的に「カードを作るだけでお金をもらえる」という事もあり、一定数の新規発行に結び付きました。
一方で、それでもなおマイナンバーカードを発行していない人が半数以上いるということは、発行するメリットを感じられない層が多くいるという事でしょう。
マイナポイントなどキャンペーン施策を講じながらも、マイナンバーカードが国民に普及しない理由には、制度を普及させたい政府の思惑が透けて見えているということがあるのではないでしょうか。
政府の発信を見ていると、マイナンバーカードを普及させたい理由が主に政府の都合のように見えてしまいます。
少なくとも発信を見る限りでは、国民目線になっておらず、次のような思惑が政策の目的になっているのではないかと考えられます。
- 国民の情報を統一化したい
- 資産管理を徹底し、不正受給者を減らしたい
- 先進国として、デジタル化の遅れを取り戻したい
本来DXを推進する際は、ユーザー目線でマイナンバーカードの利便性を考えたうえで普及を促す必要がありますが、現状は政府側の都合だけが一方的に出てしまっています。
それは、コロナショックによる一律10万円の支給時における政府のドタバタ劇にも顕著に現れていました。
当初、政府は郵送申請とオンライン申請の2通りの申請方法を設け、「オンラインの方が受給が早い」とアナウンスをしました(オンライン申請のためにはマイナンバーカードによる電子認証が必要)。
その結果、政府の発表を受けて、なるべく早く10万円を受け取りたい人たちが、マイナンバーカード申請のために全国の自治体窓口に殺到し、役所の業務がパンクするという事態を招いてしまったのです。
最終的に政府は、「郵送申請の方が早い」と国民に呼びかけ直したり、カードの申請そのものを一時停止するなど、まさにドタバタ劇を繰り広げることになりました。
つまり10万円給付の機会を利用して、マイナンバーカードの普及率を押し上げようという政府の思惑が、結果的に多くの人に「不便」「非効率」な経験をさせてしまったのです。
マイナンバー制度の趣旨を鑑みると、普及を焦る政府の思いが、本末転倒の状況を生み出してしまいました。残念ながら、そこに国民(ユーザ)目線の利便性を重視する姿勢は見受けられません。
本来は、パンデミックのような緊急事態にこそ効力を発揮するはずのDX施策が、新型コロナウイルスの感染拡大を「マイナンバーカード普及の起爆剤」としようと考えた政府の不純な思惑が、このようなドタバタ劇を生み出してしまったのでしょう。
国民のホンネ
2021年6月 、株式会社NTTデータ経営研究所がマイナンバーカードについてのアンケートをとったところ、50%弱が「利用したい既存公共サービスが無い」という回答がありました。
利用者である国民の意識として、マイナンバーカードの利用価値が低いことを端的に表す調査結果といえるでしょう。
そもそも多くの国民にとって、身分証明書としてはすでに免許証や健康保険証があるため、利用目的がわからないマイナンバーカードを取得する必要性が見出せない状況です。
目的が分からないという点以外にも、ユーザーである国民側からすると次のような理由が普及の妨げになっていると考えられます。
- 発行手続きが複雑かつ手間が掛かる
- 個人情報の漏洩などセキュリティーに不安がある
- 政府側に情報管理されたくない
本来は、政府は上記のような国民が感じている疑問点や不安点などに寄り添い、丁寧に説明しながら制度を推進していくべきですが、現状は政府と国民の間には距離がある状態です。
国民の利便性を向上させることが制度の目的であれば、普及を促すための政策についても実際に利用する国民目線で設計すべきでしょう。