DX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)の成功事例には、いくつかの共通する要因があります。その一つに挙げられるのが、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)です。
例えば、近年では全国の自治体でDXが進められていますが、その中にはBPRに取り組み、既存の組織や制度の見直し、職務や業務フローの再設計などを実施したケースが少なくありません。
BPRを推進した自治体DXの事例には、民間企業が参考にすべき点が多く含まれています。
本記事ではDXとBPRを組み合わせること(以下:DX+BPR)の必要性を紹介したうえで、自治体DXの具体的な事例を通じて、その効果と成功のポイントを整理します。
目次
DXにBPRを組み合わせる必要性
DXとBPR。まずは両者の定義から確認しましょう。
【DX(Digital Transformation)】
引用:経済産業省「デジタルガバナンスコード実践の手引き2.1」
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
【BPR(Business Process Re-engineering)】
引用:野村総合研究所「用語解説」
業務本来の目的に向かって既存の組織や制度を抜本的に見直し、プロセスの視点で、職務、業務フロー、管理機構、情報システムをデザインしなおすこと。
この両者は、よく同一のものとして誤解されがちですが、その本質はまるで異なっています。
DXとは、デジタルの力で企業が変革していくことそのものであり、それ自体が目的です。
それに対して、BPRはDXという目的を達成するための手段の一つであり、自社にとってのDX(目的)を明確にしたうえで、それを実現するためにBPRをどのように行っていくかを検討することが、正しいプロセスです。
DXを成功させるためには、具体的な手段の検討に入る前に、組織の理念や存在意義を明確にしたうえで、変革を実現するための仕組みを作り、それに取り組む意欲を組織内で共有しなければなりません。
DXに取り組む企業には、次のような目標設定の流れが必要となります。
【DXに取り組む企業に求められる意思決定の流れ】
- 何のために会社があるのか?(企業理念や存在意義)
- 5〜10年後、どのような会社でありたいか?
- そのために理想と現実の差は何か?その差をどう解消するか?
- 顧客目線での価値創造のためにITをどう活用するか?
この流れの中で、特に「3」を実現するために必要となる手段の一つが「BPR」です。
DX+BPRによる社内効果
DXを社内で推進するためには、従業員のITリテラシーの向上が欠かせません。そのため、DX推進の計画を立てる際は、必ずITリテラシーの向上をどのように行うかも合わせて検討します。裏を返せば、DX推進が着実に進んでいるということは、社内のITリテラシーも向上していると考えられるでしょう。
DXを成功させるための手段の一つとしてBPRを実行することは、現場スタッフのBPRリテラシー(業務の課題検出・改善力)の向上に寄与します。
つまり、BPRを実行しながらDXの推進を進めていく過程は、課題の検出・改善力があり、かつITリテラシーを持った人材を育成するプロセスでもあります。そのような人材こそが、企業価値を高め、さらには新しい価値を創出する原動力となるのです。
また、DX推進の過程で成長した人材の経験は、DXを企業文化として根付かせる基礎になるでしょう。
自治体DXから見る「DX+BPR」の効果
日本の社会課題である少子高齢化。多くの地方では過疎化が進んでおり、住民の中で高齢者の占める割合が都心部よりも高くなっています。
高齢者に対するサービスを充実させるには多額のコストがかかりますが、地方産業の減退などにより多くの地方自治体は税収の減少に苦しんでいるのが実情です
高齢化に伴って、高齢者が必要とする住民サービスは多様化していますが、多くの自治体はそのための予算を確保できないばかりか、現状のサービスの質を保つこと自体が難しいほどの状況です。
さらに過疎化の進む地域では人手不足の問題も著しく、地方自治体でも住民サービスを提供する職員の不足にも悩まされています。
高齢化や過疎化は、自治体が独立して改善することが極めて困難な社会課題であり、残念ながら改善の兆しは見えていません。
しかし、自治体DXを進めることができれば、予算や人員が限られている地方自治体でも、住民サービスを改善することができます。実際に既に成果を挙げている自治体の取り組みの中には、「DX+BPR」のアプローチでこの課題を克服している例もあるのです。
自治体が抱えている課題は、民間企業の課題と共通するものが少なくありません。そのため民間企業が自治体DXの成功事例から学べることはたくさんあるでしょう。
本章では民間企業が学ぶべき自治体DXの事例を紹介します。
北海道北見市の事例:書かないワンストップ窓口
北海道東部に位置し、オホーツク海に臨む北見市は、「心豊かに市民一人一人がきらめき、自然と共生し、活力と創造あふれる」をスローガンにかかげる自治体です。北見市も、前述したような高齢化と過疎化によってもたらされる課題に直面しています
限られた予算と人員を効率的に活用し、より暮らしやすい自治体に成長するために、北見市は「書かないワンストップ窓口」を設置し、誰一人残さない窓口改革を実現しました。
多くの自治体の窓口は担当部門ごとに分かれており、住民のライフイベントにかかわる各種の届け出の際は、必ずその担当で行わなければなりません。そのため、住民にとってはどこの窓口にいけばよいかがわかりにくく、特に複数の手続きをする場合は大きな負担になっていました。
特に、高齢者や子育て世帯の場合は、様々な手続きが必要になるため、この縦割りの窓口対応は極めて不便です。
こうした状況を解決するため、北見市は住民サービスに特化した「窓口課」を設置し、一つの窓口で対応する仕組みを導入したのです。
加えて、自身で複雑な手続きを行うことが難しい高齢者に対しては、本人の同意を得て、職員が必要な情報を聞き取りながら申請書を作成するシステムも導入しました。
これらの施策により、高齢者を含むすべての住民が、いくつもの窓口を回る手間から解放され、スムーズに手続きを行えるようになったのです。
この施策は利用者にとっても利便性を向上するだけでなく、行政の作業コストも効率化するものでもあります。
これまでそれぞれの窓口で行っていた本人確認や個人情報の入力作業などを一回の入力で完結できるため、行政全体の事務負担が大きく減します。加えて、手続きや申請書などの出力操作をRPA(Robotic Process Automation/定型的な作業を自動化するツール)を活用して自動化したことで、重複する作業の大部分の効率化を実現しました。
こうした施策の積み重ねにより、各種証明書の入力・出力処理に関わる作業の約7割もの削減に成功したのです。
この北見市の事例は、デジタルの力を使ってビジネスを変革するというDXの過程において、「業務本来の目的に向かって既存の組織や制度を抜本的に見直し、プロセスの視点で、職務、業務フロー、管理機構、情報システムをデザインしなおす」BPRを取り入れた好例と言えるでしょう。
民間企業が「自治体DX」から学べること
北見市では、この窓口業務の効率化の成功体験をもとに「北見市DX推進計画」を策定して、DX推進による業務改善と行政サービスの拡充をさらに広げ続けています。
こうした取り組みがますます進んでいけば、予算と人員が限られたなかにおいても住民サービスを向上させ、ますます市民が暮らしやすい自治体へと成長できるでしょう。