EV(電気自動車)の躍進は自動車業界のDXにどう影響するのか?

EV(電気自動車)の躍進は自動車業界のDXにどう影響するのか?

2022年2月、「日産自動車が日欧中向けにガソリンエンジンの新規開発をやめる方針を固めた」という情報が拡散され、その後、CEOが正式にそのことを認める発表を行いました。

これは、今後の日産自動車は内燃エンジン車からEV(電気自動車)へと、社の方針を大きく変えるという意思表示でもあるでしょう。

近年、大きな話題を集めているEVですが、これは自動車業界のDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)推進施策「CASE」の重要な柱の1つであり、今後の自動車業界を占うものです。

そこで今回は、EVの躍進が自動車業界のDXにどう影響するのかに焦点を当て、様々な観点からEVが及ぼす影響について考えてみたいと思います。

世界の交通インフラの一角を担う自動車業界の未来のみならず、日本の企業活動の未来を占う1つのデータとして、どうぞ参考にしてみてください。

EVとDX

EVとDX

社会全体がデジタルに対応していくためには、企業活動だけでなく、私たちの生活そのものをDXにより変革していかなければなりません。

つまり、DXとは生産者やサービス提供者である企業だけが取り組むものではなく、その変化を消費者であり、ユーザーである私たち1人ひとりが受け入れ、活用して初めて成立するものなのです。

EVは自動車業界のDXの重要な柱の1つであるということは、EVの躍進も我々の生活に変革をもたらすモノであることを意味します。

そこでまずは、現在の自動車がEV化されることにより我々の生活がどう変わるのか。そして、それがどうしてDXの柱の1つと言われているのかについて解説します。

自動車業界DX「CASE」の一角としてのEV

DXportal®では以前も解説しましたが、自動車業界は業界全体のDXを推進するために、「CASE(ケース)」と呼ばれるキーワードを設定しています。

CASEの詳細に関しては、以前の記事をご参照いただくとして、CASEを構成する4要素を簡単に紹介すると次のようになります。

  • C:Connected(接続された)
  • A:Autonomous(自動化)
  • S:Shared & Service(共有化)
  • E:Electric(電動化)

一見してわかる通り、CASEの「E(電動化)」はEV(電気自動車)の推進を表しており、このことからも、自動車業界全体として、EVをDX戦略の一角を担う重要な要素として認識していることがわかります。

企業運営と切り離せないSDGs

DXとは「デジタル技術とデータを活用し、既存のモノやコトを変革させ、新たな価値創出で人々の生活をより良くする」ことを目指しています。

それにもかかわらず、よくDXは「既存の業務を効率化して、企業の利益を向上するためのもの」と誤解されてしまいます

しかし、単に企業利益を追求するだけでは、人々の生活を良くする本当のDXを達成することはできないでしょう。

もちろん、DXには短期的な目標の1つとして企業の利益向上も含まれていますが、同時に、中長期的に「持続可能な企業」を目指すという目標も含まれています。

仮に、一時的に収益を増加させることができたとしても、その状態を持続することができないのであれば、それは未来志向のビジネスとは言えません。

各企業がそれぞれの利益だけを追求していけば、いずれ全ての企業の運営が成り立たなくなってしまうでしょう。

全てのビジネスは、人の生活の礎(いしずえ)である地球環境が正常であるからこそ成り立つものです。

世界的な目標であるSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)においても、地球環境を守り、豊かな地球を取り戻そうという意識と行動が求められており、この考えは現代の企業運営と切っても切れない重要な指針となっています。

化石燃料とクリーンエネルギー

CASEの「E」は、環境に優しい電気自動車を生み出していくという施策です。

18世紀以降の産業革命以降、人間の技術革新は飛躍的に進み、それまでは想像もできなかった生活を送れるようになった反面、地球環境は少しずつ蝕(むしば)まれてきました。

特に、自動車をはじめとする機械産業に不可欠であるガソリンエンジンなどの内燃機関は、化石燃料を燃やすことによってエネルギーに変換するため、大気中にCO2(二酸化炭素=温室効果ガス)を大量に排出してしまいます。

これは、地球温暖化を引き起こす大きな原因であり、地球全体にとって重要な課題です。

その課題を乗り越えるために、世界中の自動車業界が温室効果ガスを排出しない地球環境に優しいクリーンエネルギー自動車である「電気自動車(EV/Electric Vehicle:エレクトリック・ビークル)」の開発に取り組んでいるのです。

2025年には欧州で新しい排ガス規制が始まることが決まっており、その流れは世界中に波及するでしょう。

本記事の冒頭で紹介した日産自動車の決断は、この世界的な流れの中において、内燃エンジンの技術開発の継続はコストに見合わないと判断した結果であると考えられます。

2033年にはEVの販売台数がエンジン車を上回るという予測も出ており、これからの自動車業界はEV中心へと舵を切ることはもはや既定路線です。

世界的に求められているSDGsへの取り組みなくして、自動車業界のDXの成功はありえないといってよいでしょう。

EVの躍進で変わるもの

EVの躍進で変わるもの

人の生活の基盤である地球環境保護の観点から見ても、このような世界的なEV化の流れは当然のことです。

では、EVの躍進によってこれからの自動車業界は、そして世の中はどのように変化していくのでしょうか。

ここでは、いくつかのポイントに絞って考察していきます。

製造工程の変化

製造工程の変化

ガソリンエンジン車からEVに切り替わることで、これまでのエンジンやトランスミッション、燃料系パーツなどに代わり、電動モーターやバッテリーが車を動かす動力源となります。

当然ながら、この変化に伴って、既存の車の製造工程は大きく変化します。

また、エンジン車でも運転を制御するためのセンサーや電子制御ユニット(ECU)を多数使用している場合もありますが、EVに必要なセンサーやECUの数はそれとは比べものになりません。

EVの心臓部は中央演算装置(CPU)であり、このCPUを中心に自動車向けのOS(Operating System:基本ソフトウェア)が車両全体を統合制御します。

つまり、これまでのエンジン車と比べてEVは「デジタルプラットフォーム」のような製品であり、一括りに「自動車」といってもその中身はこれまでとは全く異なるのです。

そのため、部品の開発・製造のみならず、点検・修理など関連する産業の構造そのものもEVに合わせて変化させる必要があります。

この自動車産業の生産、点検・修理に関わる構造の変化は、これまでの雇用にも大きな変化をもたらすでしょう。

例えば、欧州自動車工業会による欧州に関する試算では、自動車の内燃機関の技術が2035年までに廃止された場合、約50万人の雇用が失われるとされています。

新たにEV化によって生まれる雇用も22万6000人あると予測されてはいるものの、単純計算で約27万3000人の雇用が失われることになります。

このインパクトは、決して少なくない影響を社会に与えるでしょうし、日本のEV化に関しても、雇用に与える影響は軽視できません。

IoTとAI

IoTとAI

前述の通りCASEの「E」はEV化を示していますが、EV化とは単に電気自動車を普及させていくというだけの施策ではありません。

IoT(Internet of Things:モノのインターネット)元年と呼ばれる2015年以降、インターネットを情報通信機器としてだけでなく、世の中のありとあらゆるモノに接続することで、よりよい暮らしを実現しようという動きが活発になっています。

EVの場合でも、センサーやデータ解析、通信ネットワークの高度化と、AI(人工知能)の進化により、車を単なる1台の移動車両としてではなく、交通インフラの中の1パーツとして捉えて、ICTのようなコネクティッドサービスと連動する施策などがIoTの一例として考えられます。

ICTとは「Information and Communication Technology:情報通信技術」のことを指し、周囲の情報を感知して運転手に知らせたり、運転や移動を効率化する機能です。

この技術は一部の車だけが搭載している段階では限定的な効果しか発揮しませんが、道路上を走っているすべての車をコネクトさせることができれば、瞬時にデータを解析することで、渋滞や事故の回避なども可能になるでしょう。

こうした車とIoTとの関わりは、CASEの「C(接続された)」に示されている自動車産業のDXのもう一つの柱なわけですが、これを実現するためにはCPU管理されたEVの普及(E)が不可欠なのです。

さらに、IoTは市場データを収集し分析することで、その時々で「今必要とされている商品や部品」をリアルタイムに把握することができます。

これにより、生産ラインの無駄を最低限に抑えることもでき、工場マネジメントの改善にも一役買ってくれるはずです。

ユーザーにとっては事故や盗難などといったトラブルの対応と事前回避、故障を事前に察知する保守データの活用、企業にとっては工場マネジメントの変革など、EVに合わせたIoTとAIの進化によって見えてくる未来は、より安全で便利な交通インフラの確立をベースとした、新たな産業革命といってよいでしょう。

ナレッジノウハウの共有

ナレッジノウハウの共有

工場マネジメントの改善に関連してという点でいえば、EVの躍進のタイミングで自動車業界が乗り越えるべき課題があります。

これまでの自動車業界において、熟練工の豊富な経験・知見によって支えられていたナレッジノウハウは、極めて属人化していました。

しかし、DX推進においてしばしば問題にされるように、技術の属人化は決してよい結果を生み出しません。

EV化によって、内燃エンジンからバッテリーとモーターに変わったからといって、すべての技術が新しいものに置き換わるわけではないため、熟練工のノウハウナレッジを引き継ぎ、新たな時代に合わせて改良していくことができなければ、自動車産業は足元からぐらついてしまうでしょう。

PwC Japanグループが発表した「自動車・モビリティ産業におけるDX」という資料の中でも、ナレッジノウハウの共有に関しては大きなポイントとして取り上げられています。

ただし、これは単に後進の育成に力を入れるということではなく、デジタル技術を活用しながら、属人化しているナレッジノウハウを確実に企業内で継承できるスキームを構築していくことを指しています。

  • 官能検査のAI化
  • 熟練作業のデジタル化
  • VR/AR/MR活用による多様な教育ソース

これらの施策を積極的に用いて、ナレッジノウハウをデジタル化して共有することが、さらなるEVの躍進を下支えする自動車業界の基盤となります。

こうした自分たちの足場を固める施策も、持続可能な企業への変革を見据えたDXには求められているのです。

なお、こうした考え方は自動車業界のみならず、多くの企業が課題として認識すべき重要な問題だといえるでしょう。

移動手段以外の付加価値の提供

移動手段以外の付加価値の提供

現在、急速に進む世の中のデジタル化により、人々の生活自体が大きな変革の過程にあります。

生活スタイルは多様化していますが、その中でも注目すべきは近年の「コトからモノ」へという大きな人々の意識変化です。

つまり、人々はなにかを購入する時に、それを1つの「モノ」としてだけ捉えるのではなく、そこに付随するストーリーやモノを手に入れることで得られる「コト」を重視するようになっているのです。

物体としての価値だけでなく、そこにどのような価値を付加できるかは、こうした現代の消費者の傾向を踏まえると極めて重要だといえます。

こうした流れに、EVは非常にマッチした「モノ」だともいえるでしょう。

なぜならEVは単なる「モノ」ではなく、EVを購入し、日常的に使う「コト」には様々な意味においてこれまでとは違う付加価値があると考えられるからです。

例えば、EVの「地球に優しい」という特徴は、その車を所有し、運転するユーザーにとって重要な「コト」になりえます。

また、例えば、テスラのEVにはタッチパネル式のタブレットが運転席に備え付けられ、スマホと同じように「OTA(Over the Air:無線通信)」でEVと繋がり、OSを操作できると同時に音楽やビデオなどのコンテンツを提供するなど、エンターテイメントの要素も存分に詰め込まれています。

このように、自動車業界のEV化は、これまでの「自動車=移動手段」という位置づけを刷新し、移動手段としての機能に加えて、「コト」としての価値提供を目指すように変わってきています。

この車を移動するための「モノ」から乗車で得られる体験などの「コト」へと捉えなおすことは、新たな価値の創出を目指すDX推進の原動力にもなっているのです。

自動車業界のDXにおいては、CASEと同じくらい重要なキーワードとして、MaaS(Mobility as a Service=交通機関と通信を組み合わせた移動サービス)があります。

MaaSは、移動そのものをサービスとして捉えた概念であり、車・タクシー・バスなどを連携させ、最安かつ最速の移動手段を探せるプラットフォームが基盤となっています。

こうしたMaaSのような施策が進むことによって、車は単なる「移動手段」を越えた、新たな顧客体験を提供できるサービスの一環となるはずです。

他業界への波及効果

他業界への波及効果

付加価値の提供だけに限らず、EVの推進をはじめとした自動車業界のDXは、他業界にも波及して影響を及ぼすと考えられます。

例えば、自動車の動力が変化することにより、車社会はデジタルプットフォーム化されます。

この変化は自動車業界を越えて、関連する企業のテクノロジーや人材へも影響を及ぼしますし、ひいては移動や運搬に関わるあらゆる業種・業界のビジネスモデルに影響します。

例えば、EVがどれだけ地球に優しい車だったとしても、その電力に化石燃料が使われているのであればなんの意味もありません。

EVの普及で必要とされる電気量が増え、発電所で化石燃料が大量に消費されてしまえば、地球環境へのダメージは減少するどころか、かえって増加してしまうことすらありえるでしょう。

それでは、本来の意味でのクリーンエネルギーではありませんし、カーボンニュートラルの実現など遠い夢となってしまいます。

今やDXは、短期的な利益確保が目的なのではなく、持続可能な企業を目指すSXの視点も不可欠です。

その意味でも、現在のDXは、単独の企業だけで成り立つものではなく、他社・他業界との連携を考えていかない限り、真の成功はありえないといってよいでしょう。

まとめ

「EV(電気自動車)の躍進は自動車業界のDXにどう影響するのか?」というテーマで、EVで変わる自動車業界の未来について解説してまいりました。

EVは、消費活動が「モノからコト」へ変化している現代社会において、大きな可能性を持った商品です。

数々の技術革新は雇用や生活を大きく変えます。EVの躍進も人々の生活に根本から影響を及ぼす大きな変化の1つです。

しかし、この変化を「技術革新によるもの」と捉えてしまうのは、やや短絡的でしょう。

こうした変化を捉える上でなによりも大切なのは、その変化の中心にいる「ヒト」の存在を忘れないことではないでしょうか。

デジタル技術で生活をより良くするというDXの目的を振り返ってみてもわかる通り、その根底にあるのは「人々」の生活です。

CASEやMaaSという自動車業界の取り組みも、そんな人が暮らす地球と社会をもっとよくしようという考え方の表れでしょう。

貴社におかれましても、自社のDXを考える上で、業務の効率化や利益の拡大の先にある「よりよい社会」への貢献を考えて、DXのゴールを見据えてみてください。

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