目次
ワシントンポストを事業再生させたDX戦略
ベゾスの経営手腕を語る上で、アマゾン・ドット・コム社の成功以外にもう1つ印象的なエピソードがあります。
それが、2013年に250億ドルで買収した【ワシントンポスト】の事業再生劇です。
ワシントンポストは、【ニューヨーク・タイムズ】、【ロサンゼルス・タイムズ】、【ウォール・ストリート・ジャーナル】らと並んで、米国を代表する歴史ある新聞社ですが、紙媒体の日刊紙という旧態依然としたアナログなビジネスモデルを継続していました。
急速に社会がデジタル化されていったことで、この時期のワシントンポストの売上は急速に悪化していました(ベゾス買収時の2013年は前年度比12%の売上減少)。
そんな状態のワシントンポストを買収したベゾスは、わずか4年で経営を黒字化させる事に成功しています。その手段こそが、まさにベゾス流のDX推進だったのです。
元々、米国には日本の「全国紙」のような新聞メディアがほとんど存在しません。例外的に全国的なシェアを誇るニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルと比較すると、歴史はあるとはいえワシントンポストは一介のローカル紙に過ぎませんでした。
ベゾスは、紙媒体のローカル紙をデジタル化することによって、ワシントン・ポストを全米に届く全国紙にしようと考えたのです。まさに、DX推進によるデジタルカンパニーへの大転換を目論んだと言っていいでしょう。
当時ベゾスは次のように語っています。「インターネットが新聞業界を奪ったと愚痴をこぼすのは終わりにし、長期的なビジョンを持つことが大事だ。インターネットは新聞業界に新しいビジネスモデルをもたらしたのだから。」
この言葉を現実のものにするために、ベゾスは約50億円を投資して、ワシントンポストのエンジニア数を3倍に増やしました。実際に記事を作る記者や編集者に対して投資を集中させてきたそれまでの新聞社にとっては、エンジニアへの投資というのは考えられないことでした。
更に、ベゾスはいくつもの施策を行います。
- エンジニアがいつでもベゾスに質問できる環境づくり
- SNSでニュースが共有される新たな「読み方」を提供
- データを活用した閲覧環境の改善
(アプリで記事を読み込む時にコンマ何秒で表示されるかや、読者が記事をどのくらいの時間で読んでいるかなど、膨大なデータを収集し、分析・改善につなげるビッグデータアナリティクス活用)
ここでも、Amazonで培った顧客第一主義の考え方を貫き、矢継ぎ早にワシントンポストに取り入れていったのです。
中でも特筆すべき点は、ワシントンポストがデジタル化する中で培った知見を基に「デジタル化支援ツール」を作成して、それを他のローカル新聞社へ販売したことです。これにより、ワシントンポストの売上を飛躍的に向上させることに成功しました。
これは、ベゾスがAWSを発展させるために取ったDX戦略と、まるっきり同じものでした。
つまり、まずは社内のDXを推進して既存のビジネスを発展させるシステムを開発。次にシステム自体をツールとして商品化して他社に販売するという、全く新たなビジネスモデルを創出していったのです。
ベゾスによるワシントンポストの事業再生劇には、DX推進の「教科書」のような考え方と施策が隠されているのです。
ベゾス流「Day 1」哲学で初心に帰ろう
1代にして世界最高峰の企業の1つであるアマゾン・ドット・コム社を作り上げたベゾスですが、彼のような成功者にしばしば見られるように、彼もある種の「人とは相容れない行動や思想」を持っています。
そのため、ベゾスの対外的なイメージは決して良好なものばかりではありません。
多くのメディアなどにおいて、ベゾスはしばしば次のように表現されます。
- 極めて優秀だが、ミステリアスで冷血な大物経営者
- 世界有数の資産家でありながら、極度の倹約家
- 若い頃はオタク(米国ではギーク、ナードと呼ばれる)で、社会性に欠け、人付き合い
- 世の全て(従業員の能力までも)数値化・定量化し、優先順位も全てデータ主義者
- 過度に競争を煽る人物で極めて野心家
- 「世界最悪の上司」(2014年に国際労働組合総連合が名付けた)
冷徹なデータ主義者で倹約家、一風変わり者だが経営者としては超一流。このあたりが、ベゾスに対する一般的なイメージかもしれません。しかし、彼の本質はどこにあるのでしょう?
もちろん、本当のところは誰にもわかりません。しかし彼の経営哲学についてであれば、1997年以降、彼が株主に向けて毎年送っている書簡を通じて、十分に伺い知る事が出来ます。毎年、繰り返し表明される彼のビジョンに次のようなものがあります。
「いまという時代は、インターネットにとっての、そして、われわれが計画を順調に実行できるなら、アマゾン・ドット・コムにとっての『Day 1』です。
現代のオンラインコマースは、顧客のお金と貴重な時間を節減しています。そして将来は、パーソナリゼーションを介して、発見のプロセスそのものを加速させるでしょう。アマゾン・ドット・コムは、インターネットを活用して、顧客のために本物の価値を創出します。
そしてそうすることによって、たとえ確立された大きな市場のなかでも、揺るぎないフランチャイズを築きたいと思っています。(中略)われわれは楽観的ですが、警戒を怠らず、緊迫感を維持しなければなりません。」
引用:スタートアップ精神を保ち続けるアマゾン、ベゾスの「Day 1」思考/NEWS PICKS
ベゾスの経営哲学において、アマゾン・ドット・コム社は「毎日がはじまりの日=Day 1(1日目)」であるべきだとしており、それに対して2日目は「停滞」、3日目は「迷走」、4日目は「辛く痛みを伴う衰退」、そして5日目を「死」と捉えています。そして、常に「Day 1」である事こそが良しとされており、そのために必要な5つの原則を合わせて書簡にしています。
1.競争相手ではなく顧客を見る
2.マーケットを握るためにリスクをとる
3.従業員のモラルを高める
4.企業文化(組織文化)を育てる
5.人に活力を与える
引用:ジェフ・ベゾス/フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
冷徹でデータ主義な一面と、常にチャレンジャーであり続けようとする野心家の一面。これらが彼の本質かどうかはともかく、少なくともベゾス自身が創業以来大切にしている経営理念においてはこのどちらもが不可欠であることは間違いありません。この理念に沿って行動する彼の姿は、彼の人間性を否定するようなネガティブな表現で語られる事もあるかもしれません。
しかし、彼がインターネットというデジタル社会の礎(いしずえ)を用いてビジネスを拡大していったのは間違いありませんし、DX推進によって世界最高峰の企業を作り上げたのもまた事実です。
彼の経営哲学がDX推進にとって最も大切とされる「顧客第一主義」に置かれている以上、彼のビジネスは今後益々発展を続けていくと予想されます。事業の規模は違えど、DX推進に必要な考え方は同じです。自社のDX推進策を「ベゾスの視点」で見直すことで、真のDXを実現するためのヒントが見えてくるかもしれません。
【参考資料】