近年、経理部や総務部をはじめとする、いわゆる「バックオフィス」のDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)が、注目を集めています。
それも、単なる業務効率化に留まらず、経営戦略の中心として企業全体をリードしていくための「攻めのDX」が話題なのです。
従来、バックオフィスはコストセンターとして捉えられることが多く、その重要性が見落とされがちでした。
当サイトでも、これまでバックオフィスのDXについていくつかの記事を投稿し、攻めのDXの必要性についてお伝えしてきました。
編集部がインタビューしたユナイテッドブレインズグループ(以下:UBグループ)の会計や法務のプロフェッショナル達も、「バックオフィスのDXは、企業の効率化や競争力向上に大きく寄与する」と断言しており、プロ目線でも「バックオフィスのDX」は企業の行く末を左右するほど重要な取り組みだと言えます。
そこで本記事では、バックオフィスを変革し、コストセンターから脱却する「攻めのDX」について、UBグループのインタビューで伺った内容も参考にしながら、その具体的な戦略について解説します。
さらに、バックオフィスのDXを進めることで、「攻めのDX」に取り組んでいる企業の実例もご紹介していきます。
経理や総務に従事している方はもちろん、より「攻めの企業経営」を考えている経営者の皆様も、どうぞご注目ください。
目次
DXによるバックオフィスの変革
すでに述べた通り、DXによるバックオフィスの変革は、企業の競争力を大きく向上させる可能性をもった施策です。
企業ごとに組織形態や規模、細かい業務内容は異なるものの、一般的にバックオフィスは企業の間接部門として、次のような機能を担っています。
- 経理・財務
- 総務・人事
- 法務
- システム管理
これらのバックオフィス業務をDXすることで、単なるコストセンターから、企業競争力を向上させる源泉へと変貌を遂げることができるのです。
- 経理・財務部門:クラウド会計システムの導入やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を活用することで、データ入力や精算業務の効率化が可能となり、迅速な決算報告や資金繰りの最適化ができる
- 総務・人事部門:人事労務管理システムの導入やAIを活用した採用活動により、人材の採用・育成・配置がスムーズに行えるようになり、労働生産性が向上する
- 法務部門:契約書類の電子化やAIを活用したリーガルテックにより、法的リスクの早期発見や契約書作成の効率化が可能となり、企業の法的リスク対策強化ができる
- システム部門:クラウドサービスやセキュリティ対策の強化により、システムの安定性やセキュリティが向上し、業務継続力が高まる
こうしたバックオフィスをDXした結果、生まれたリソースを別の業務に割り振れば、企業としての生産性は高まるはずです。
それだけでなく、バックオフィスが取り扱う重要なデータをより高度に分析することで、企業経営の意思決定を行う大きな力になってくれます。
これこそが、バックオフィスをDXして「攻めのDX」へと変革する最大の価値であり、企業の競争力を爆発的に高めてくれる可能性を秘めた施策なのです。
バックオフィスDX推進への課題と改善案
バックオフィスのDX推進は、企業の競争力を高める潜在的な可能性を秘めている一方で、以下のような課題も存在します。
- 経営層のDX理解と支持が不足している
- DX組織文化が構築されていない
- 業務の取捨選択ができない
それぞれの改題に関して、改善案とともに詳しく解説します。
経営層のDX理解と支持が不足している
バックオフィスのDXが進まない根本的な課題の1つは、経営層が営業などフロント業務を最重要視し、直接的な利益を生まないバックオフィスのDX推進を後手にしてしまうことです。
バックオフィスは企業活動を支える基盤となるものの、直接的な収益創出には繋がらないため、コストセンターと揶揄されることが多いことはすでに述べた通りです。
しかし、バックオフィスのDXを成功させるには、経営層の理解と支持が不可欠であり、この課題を乗り越えない限り、バックオフィスのDXの成功はありえません。
経営層がこの重要性を十分に理解したうえで、DXのビジョンや戦略を明確にして全社員に伝えるなど、改革の統率を取り、推進力を高める役目を担うことが求められます。
この課題に対しては、UBグループの平氏も、「多くの経営者は『業務のDX推進を毛嫌いする』傾向にある」と語っていました。
経営者の理解不足と保守的な体質によって、電子帳簿保存の導入に対するデジタル技術の活用が進まなかったり、経営層が現場の声を十分に拾い上げられずDX推進を阻んだりしてしまった事例もあります。
バックオフィスのDXを進めるためには、何よりも経営層と現場の共同作業が求められるのです。
そのためにも、まずは経営層がDXに対する理解を深め、現場の意見を取り入れた戦略を策定することが大切となるでしょう。
DX組織文化が構築されていない
DXを成功させるためには、技術や戦略だけでなく、組織文化の構築も重要な要素の1つです。
企業ごとの組織文化を醸成・浸透させることは、社員の行動や意思決定に影響を与え、成長や変革を促す力を持っています。とはいえ、DX組織文化を構築することは簡単ではありません。
UBグループの平氏によれば、これまでなかった新たな組織文化を根付かせるために重要なのは「無理をしないこと」です。
経営者の中には、「DX成功のためには大改革が必要だ」と考えて、強権的に進めようとする方もいますが、急進的な改革は時に良い結果を生まないこともあります。
成功へのカギは、DXに懐疑的な現場の従業員に、DXの必要性と効果を具体的に感じてもらうことです。
初期段階では、手間やコストがかかる業務プロセスの一部を効率化し、生産性の向上やコスト削減が実感できる取り組みを行う。
その上で、より大きな変革を伴うDXというビジョンを共有するなど、段階的に取り組むことで、徐々に社内にDXに前向きな人材を増やしていくことが大きな成功へと繋がります。
一例を上げれば、従業員に身近な経費精算から改善する施策として、スマートフォンでレシートを撮影し、経費精算システムとリンクさせるだけで手軽に処理ができるシステムを組み上げることが考えられます。
これは経理業務が効率化するだけでなく、他部署の社員にとっても利便性が向上し、結果的に社内全体の生産性向上に寄与してくれる施策です。
バックオフィスのDXを進める際は、経理・総務部門の効率化だけでなく、他部署にとっての利益を提示することが成功への有効な方法です。
DXに対して「面倒だ」「今までのままで十分だ」と感じる従業員も、一度でもDXの利便性を経験すれば、その効果と重要性を理解してくれるはずです。
そうすれば、次のさらなる大きな取り組みも進めやすくなるでしょう。
一気に何もかも変えようとして大きな絵を描きすぎると、現場が混乱し収拾がつかなくなることも考えられます。
必要に応じてトップダウンで変更を指示することも必要ですが、その場合であっても変更の意味や意義を伝え、納得してもらうことが重要です。
こうした工夫を行いながら、自社に合わせたやり方でDX組織文化を構築することができれば、バックオフィスのDXは成功へと進むでしょう。
業務の取捨選択ができない
DXの成功には、デジタル化する業務の選択と集中が不可欠です。
前述の「無理をしないこと」とも共通する考え方ですが、「全てを自分たちだけでやろうとする」と考えてしまうのも、DX成功の障壁の1つです。
例えば、経理のセキュリティ管理などに関しては、一部の業務を外部のプロに任せる方が安全な場合があります。
また、限られたリソースの中で全てを自社で対応しようとすると、莫大なコストが発生してしまいます。
セキュリティ管理の例で言えば、デジタルデータの取り扱いに長けた人材や強固なインフラセキュリティを持つ経理部門を構築することは、多くの企業にとって難しいミッションであり、人材確保からチーム作り、システムの開発・運用には、多くの費用がかかります。
バックオフィスで攻めのDXを実現するためには、「自社でやらなくても良い業務をBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング:自社業務やビジネスプロセスを外部の専門家などに委託すること)を通じて、外部にアウトソーシングすることが非常に効果的な戦略だ」と、UBグループの小林氏も語っていた通り、この取捨選択がDXの成否を分けるカギと言えます。
信頼できる外部のプロに委託することで、自社のリソースを本業に密着した、自分たちにしかできない業務などに振り分けることができます。
BPOを活用することで、自社が本質的にやるべき業務に集中し、バックオフィスから企業の付加価値を向上させる取り組みが可能になります。
バックオフィス全体のリソースを最適に活用し、DX成功を目指すために、必要に応じてBPOなどの施策を導入するなど、業務の選択と集中を行うことで企業の付加価値向上に繋がるバックオフィスのDXは成功へと導かれるのです。
コストセンターからの脱却: 攻めのDX実践事例
ここでは、バックオフィスがコストセンターとなってきた要因を克服し、生まれ変わった2つの事例をご紹介します。
紙にとらわれない働き方改革|株式会社野村総合研究所
バックオフィスがコストセンターになってしまう理由の1つとして、紙書類による手続きが存在します。
野村総合研究所の事例は、非生産的かつ非効率な状態を改善させて、生産的かつ効率的な状況を作り出すために、経営者からのトップダウンと現場の従業員が力を合わせて「攻めのDX」を成功させた好例です。
野村総合研究所では、平成17年に社長から従業員に向けて、次のような指示が一斉メールで発信されました。
- ノンペーパー会議の実施
- 共有資料の電子化と個人資料の廃棄
- 1人1台のノートPC提供(セキュリティ対策を施したもの)
- 本部にあるキャビネットの70%削減
野村総合研究所が目指したノンペーパー化は、単に紙を無くすことだけでなく、生産性向上に向けてワークスタイルを変革することが目的でした。
しかし、取り組みを始めた当初は「紙をなくすこと」が目的となってしまっていたため、期待していたノンペーパー化の成果は得られなかったそうです。
そこで、社員にノンペーパー化の先にある真の目的を丁寧に伝え、「現場による、現場のための、現場自身の取り組みである」という意識を持って取り組むように指示がなされたのです。
この取り組みにあたって、社長や本部長などの責任者が現場の視察を行い、社員に真剣に取り組むよう激励を行いました。
さらに、現場で力を持ったベテラン社員を推進委員に選出することで、全方位で変革を推進したのです。
つまり、トップダウンの指示を出すだけでなく、社長を含めた経営層が現場での取り組みにしっかりとコミットしたのです。
こうした姿勢が功を奏し、紙文書の廃棄と電子化が実現され、オフィス内の不必要な紙がなくなり、またフリーアドレス導入によって個人が紙を持たない環境が整いました。
さらに、紙を持たない環境が整ったことで、次のような取り組みや改善効果も得られたといいます。
- 文書保管の効率化
- 会議の効率化
- 情報共有の効率化
環境整備だけでなく、社員1人ひとりが紙を使用しない意識改革がなされ、紙にとらわれない働き方が実現したことにより、その他の業務への波及効果を及ぼしたのです。
本事例は、「ノンペーパー化」という1つの改革を通して、経営者および社員全員が新しい働き方に取り組むことで、企業全体の生産性が向上し、持続的な成長を実現できた、バックオフィスDXの好例と言えるでしょう。
BPOの導入で経理業務を改革|株式会社マネーフォワード
より積極的な「攻めのDX」を経理部門で遂行した事例として、株式会社マネーフォワードによるBPO導入事例をご紹介します。
同社では、BPOを導入することで、それまで10営業日ほどかかっていた財務会計の締めや部門別予算・実績対比まで含めた管理会計の締め作業を、4営業日まで短縮することに成功しました。
徹底してガントチャートなどで現状を「見える化」し、締め作業時間の短縮に関わるボトルネックや滞留原因を明確にした上で、問題解決につながるソリューションとしてBPOを導入したのです。
改善に回せるリソースに限りがある以上は、優先度をつけて問題を解決していくことが重要ですが、マネーフォワード社は、BPO導入時にスモールスタートを繰り返すことで、小さな成功体験を積み重ねていくことに成功しました。
これにより、現場に無理をさせることなく、1人ひとりがDXの効果を実感しながらプロジェクトを進めることができ、最終的には月次決算日程の大幅な短縮に繋がったといいます。
BPO導入前は、個人の立替経費精算を経理メンバー2名で3営業日までに処理していましたが、このやり方では優先度の高いより重要な業務に十分な人員を割り振ることができず、締め作業に多くの時間と労力がかかっていました。
また、人が作業する仕組み上、締切に遅れて提出された精算書であっても、提出者との人間関係を気にして断れないといった状況もあり、経理担当者には大きなメンタル負担がかかっていたのです。
断り切れずに特例対応をしてしまう状況が続くと、経理部門の負担が大きくなりますし、人により対応が異なるというのは、組織としても健全な状態とは言えません。
しかし、BPOを導入することにより、チェックポイントが文書化・明文化され、特例扱いが起こりにくくなりました。
そして、経理担当者の心理的・物理的負担が軽減され、圧倒的な生産性向上へと繋がったのです。
それだけでなく、空いた時間やリソースを活用し、経理部門からもマーケティング活動やカスタマーサクセスが行えるようになりました。
このようにDXを推進していくには、現状の課題を把握したうえで、「無理をせず」スモールスタートで取り組むことにより、小さな成功体験が改革の成功に繋がっていくのです。
まとめ~DXによるバックオフィスの変革で企業の競争力が変わる
DXを通じて、バックオフィスをコストセンターから攻めの部門へと変革し、企業競争力を向上させる方法を解説しました。
バックオフィスはコストセンターとして認識されがちですが、DXによって業務プロセスの変革が可能となれば、担当部署の効率化が図られるだけでなく、企業全体の生産性向上が期待できるのです。
また、データ分析やAI技術の活用により、意思決定の精度も向上すれば、リスク管理やコンプライアンス強化にも寄与するでしょう。
ただし、バックオフィスのDX推進には多くの課題も存在し、それを解決するには重要視しなければならないことがあるのです。
- 経営陣がDX施策の重要性を理解し、取り組みを支持すること
- 組織文化の構築すること
- 自社で取り組む業務の取捨選択をすること
これらの施策を1つづつ丁寧に執り行っていくことで、バックオフィスがコストセンターを脱却し、より積極的に経営参画できる体制が作られるのです。
ぜひとも本記事を参考に、企業競争力を大幅に向上させるバックオフィスになるための、「攻めのDX」に取り組んでください。