台湾でデジタル担当大臣を務めるオードリー・タン氏。
DX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)推進に携わる方の中で、彼の名を聞いたことも無いという方はいないのではないでしょうか。
それほどこの業界では有名人であるオードリー氏は、さまざまなメディアでDXに関する自らの所見を語っています。
今回はそんなオードリー氏の発言から垣間見える、DX推進の本質とは何なのかについて考えてみましょう。
目次
台湾デジタル担当大臣オードリー・タン氏
1981年生まれのオードリー・タン(唐鳳)氏は今年で40歳になります。
現在、台湾政府でデジタル政務委員(担当大臣)を務める氏は、若き頃からIT業界では名を馳せ、アメリカ・シリコンバレーではアップルの顧問を歴任するなど、輝かしい経歴の持ち主です。
しかし、彼の名が世界中に一気に広まったのは、台湾の新型コロナに関する対策でのことでしょう。
新型コロナウイルスが世界中に蔓延した時、台湾ではマスクを市民全員に行き渡らせるため、当初は健康保険カードと購入歴を紐付けた実名購入制で、大人1人につき週に2枚のマスクが購入できるシステムを構築しました。
しかし、これだけではどこにどれだけマスクの在庫があるかが分からず、特定の薬局に長蛇の列ができるなど、市民の混乱を招いてしまう要因ともなってしまったのです。
そこでオードリー氏がとった策は、政府が握っているマスクの在庫データを一般に公開することでした。
これに民間のプログラマーが呼応し、地図上でマスク在庫をリアルタイムで見られるシステム開発に乗り出したのです。
この件を持ってオードリー氏は「天才IT大臣」と呼ばれることになり、日本を含めた海外のメディアから大きな注目を集めることになりました。
DX推進の本質とは「人をつなぐ」こと
では、オードリー氏が考えるDX推進の本質とはどのようなものなのでしょう。
それは、先のマスク在庫をリアルタイムで知ることのできるシステム構築の例に見られるように、「IT技術によって人をつなぐこと」にあると氏は語っています。
デジタルとITは違う
まずオードリー氏が注意をうながすのは、自身は「デジタル大臣」であって「IT大臣」では無いということです。
「デジタル」と「IT」。
日本においても混同して捉えられがちなこの2つですが、この違いを明確にしない限りDX推進はうまく機能しません。
オードリー氏の語る2つの違いとはこうです。
- IT:機械をつなげるもの
- デジタル:人をつなげるもの
この2つの違いは重要なポイントで、特にDXにおいて「デジタル改革」という言葉を使う場合、ITとの混同は避けなければなりません。
「デジタル改革とは声を持たなかった人に声を与え参画を促し、一方的でない多方的なかたちで多くの人を巻き込むこと」だと、DX推進の本質をオードリー氏はひと言で言い表しています。
DXの推進度合い
ここで考えていきたいのは、日本企業のDX推進に関する現状です。
電通デジタルが発表したデータによれば、2020年度の段階でDXに着手している日本企業は74%と、その割合は年々増加しています。
しかし、成果の出ている領域という話になると、そのほとんどは全社戦略の策定・実行、ソリューションの導入などに集約され、イノベーションの醸成・推進、顧客体験向上、顧客への新しい価値提供といった分野では苦戦している状況が見て取れるのです。
こうした状況は、経済産業省発行の「DXレポート」に書かれたDXの定義としての「顧客エクスペリエンスの変革を図る」という目的には合致していません。
受発注のシステムにITを導入するなど、新しいシステム導入による業務の効率化などは、デジタイゼーションやデジタライゼーションの段階でしかなく、真のDX推進とはいえないのです。
DXに対する誤解
こうした現象はなぜ引き起こされてしまうのか。
それはやはり、多くの日本企業においてまだまだDXという概念が正確に理解されておらず、さまざまな誤解が存在するからではないでしょうか。
多くの企業では既存ビジネスのIT化で満足してしまっており、そこから先に進む必要を感じていないという現状があります。
しかし、オードリー氏も語るようにDX推進の本質は「人をつなぐこと」にあり、それがDXレポートによれば「顧客エクスペリエンスの変革」という言葉になるのです。
「顧客データをITによってまとめ上げ、効率的に販売へつなげる」という考え方ではなく、一歩進んで「データの活用によって顧客体験を向上させる」というのがDXの考え方となります。
海外の大手ECサイトなどでは当たり前に行われているように、顧客の購入履歴データ(ビッグデータ)を管理・分析するだけでなく、そこから顧客ごとに購入傾向に応じた商品やサービスの提案をする。
ここまで行って初めてビッグデータを活用した新しいビジネスチャンスが創出されるのであって、それがつまりDXが成功したという状態です。
DXのアイデアは無数に存在する
DX推進を実現するためのアイデアは、企業の数だけ存在するといっていいでしょう。
それは物理的な刷新である場合もありますし、従業員の考え方の刷新である場合もあります。
いずれにしても「テレビ番組を視聴するように一方通行の考え方ではなく、包括的な形で参加のビットレートを上げることが、正しいデジタル化の道のり」とオードリー氏も語るように、さまざまな人の意見を複合的に組み上げる形でなければDX推進は成功しないのです。
オードリー氏のオフィスでは、毎年18歳くらいの若者をインターンで採用し、政府のWebサービスが正常に機能するように手伝うシステムを構築しました。
こうした若者の参画により、政府に対する批判的な意見は低減され世代を超えた連帯感が生まれます。
これは単なる一例に過ぎませんが、企業と顧客、顧客と顧客、企業と従業員、従業員と従業員、企業と企業が互いにつながり合うことで新たな価値を創出し、はじめてDX推進が成功したと大手を振っていえる成果を手に入れられるのです。
オードリー氏は「時に批判する人たちにも意思決定のプロセスに参加してもらうと良い。批判する人はその施策を気にしている人で、そうすることによって一面的でないアイデアが生まれる」と語ります。
まとめ
台湾のデジタル担当政務委員オードリー・タン氏のメディアに対する発言から、DX推進の本質とは何かということを学んでまいりました。
DXの本質とはモノをつなぐのではなく、人をつなぐこと。
「DX推進に関わる人々の仕事は、人に声を与え、声を持たなかった人に声を与えて参画を促すこと」というオードリー氏の言葉に、すべての答えが隠されているのではないでしょうか。