日本が世界に誇るカルチャーである「アニメ」。昨今では、その制作現場においても、DX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)の推進が求められています。
フルデジタル制作がグローバルスタンダードになる中、日本のアニメ業界では多くの工程において未だにアナログ制作が主流です。
当然ながら、フルデジタル制作とアナログ制作では、1つの作品を作り上げるための効率が異なります。
日本では人材や予算の不足、放映スケジュールの逼迫などの影響で、作品自体のクオリティが担保できなくなるといったリスクも不安視されています。
このような状況の中で、「アニメ」という世界中に根強いファンを持つ日本の文化的コンテンツを守りながら制作を続けていくには、業界全体でビジネスモデルの根底から考えていく必要があるのです。
そのためにも、DXの推進は避けて通れないでしょう。
今回はアニメ制作現場が抱える課題に対して、DX推進でどのような効果が期待されるのか解説します。
目次
アニメ産業とDXの必要性
長年親しまれてきたアニメですが、これまでの視聴方法はテレビ放送やビデオパッケージの販売・レンタルビデオが主流でした。
しかし、近年になってインターネットで配信する視聴方法が一般化され、市場は世界規模で拡大を続けています。
これまでは主に日本国内で視聴されてきたアニメ作品が、国外からも簡単に視聴できるようになっており、今後も日本アニメのファンは増え続けることが期待されているのです。
その一方で、日本全体が抱える少子高齢化による人材不足などの課題はアニメ産業にも影響を与えています。
日本のアニメの需要が高まる中、クオリティを保ちつつ、多くの作品を生み出していくためにはこれまでのビジネスモデルに固執しない考え方が求められていると言っていいでしょう。
そのカギとも言えるのがDXです。
コロナ禍でも伸び続けるアニメ産業
2021年12月に一般社団法人日本動画協会が公開した「アニメ産業レポート2021」によると、アニメ産業の市場規模は2002年の1兆968億円から、2020年には2兆4,261億円と倍以上に伸びています。
多くの産業が大きな打撃を受けた新型コロナウイルスまん延の影響は、当然アニメ産業にも影を落としました。
制作が延期や中止になったアニメも数多くあり、また映画やイベントの中止なども相まって、少なくない影響を及ぼしたのです。
しかし、コロナ禍で高まった「巣ごもり需要」はアニメ産業にとってプラスな影響も与えました。
「いつでもどこでも楽しめる」インターネット配信のおかげで既存作品の売上は大きく増加したため、市場全体としてはコロナの影響を最小限に食い止めることができたのです。
これは、アニメ産業の視聴・配信方法が、DXによって既に変革を遂げていたことが影響しています。
DXによって、これまでのテレビ放送やビデオ販売主体のビジネスモデルから、インターネット配信を中心とする新しいサービスに変革していたことが功を奏し、コロナ禍でも、国内のみならず海外での既存作品の配信需要が増え続けました。
いち早くDXに取り組んでいたことこそが、アニメ業界が未曾有の危機を乗り切ることができた要因の1つとなったのです。
アニメ産業のDXによるメディアの変化
2017年まで、アニメ作品を視聴する方法の主流は、テレビまたはビデオパッケージでした。
しかし、「Netflix」や「amazon」など配信事業者のサービス拡充とともに配信による視聴者が急増。2018年には映像配信がパッケージ市場を追い抜き、現在では更に差を広げています。
この変化は、インターネットが高画質データを高速で通信できるようになったことに起因しています。
安定して映像作品を供給できるようにいち早く対応してきた事業者が、従来のTVやビデオパッケージの販売に頼ったビジネスモデルから脱却し、新たな商流を生み出したのです。
これは、アニメ作品のビジネスをDXしたことの成果が表れた結果と言ってよいでしょう。
アニメ産業レポート2021における制作会社へのアンケートでも
- 配信環境が好調なため引き続き受注が続く見込み
- アニメ業界全体における制作タイトル数の増加
- 制作作品の受注が伸びているので、ある程度の好況は見込める
といった回答が多数寄せられるなど、制作会社にも「今後も市場は伸び続ける」と期待されています。
しかし、アニメ産業全体の市場は伸び続ける一方で、制作サイドにはまた別の課題が発生しているのです。
制作スタジオの収益力の低下
アニメ産業の市場全体は好調ですが、その一方で制作会社に絞って見ると、その収益力は年々低下しています。
日本国内大手の信用保証会社である株式会社帝国データーバンクが公表した「アニメ制作業界」動向調査(2022)」によると、アニメ制作専門スタジオ(下請けでアニメ制作に携わる企業)の2021年の売上高比較では、増収32.8%に対し減収は34.4%と、僅差ですが減収した企業の方が多くなっています。
更に損益比較で見ると、増益した企業が36.8%であるのに対して、赤字と答えた企業は実に42.6%を数えています。
この「赤字」の割合は過去2番目に高く、また2年続けて赤字企業の割合が4割を超えたのは初めてのことです。
市場が好調にも関わらず減収が大きくなった理由として、コロナ禍の不況でスポンサーの撤退が相次ぎ、元請会社からの新規作品の発注が延期または中止になったことが挙げられます。
更には、人手不足により受注の制限をせざる得ない状況が続き、需要に対しての供給が追いついていないというケースもあります。
市場自体は伸びているにも関わらず、制作会社サイドでは減収が続いているという状況は、今後のアニメ業界の発展のためにも看過できない問題です。
特に、需要があるにもかかわらず、供給が追いつかず増収に繋げられないという問題は、アニメ業界はせっかくのビジネスチャンスを無駄にしているということでもあり、一刻も早く解決すべき問題なのではないでしょうか。
そのためには、いかにアニメ制作の過程をデジタル化して、業務の効率化と生産性の向上を図れるかが重要となってきます。
アニメ制作現場でDXが進まない理由
海外ではアニメ制作のDXが進み、フルデジタルによる効率的な制作が当たり前になっています。
それにも関わらず、日本国内ではDX化が進まないのはなぜでしょうか。
それには、主に次の3つの理由があります。
- 脱却できない原画のアナログ作業
- 断片的で非効率なデジタルツールの導入
- 制作会社の資金力不足
脱却できない原画のアナログ作業
長年アニメ産業を支えてきた多くの演出・作画監督、アニメーターなどのクリエイターは、アナログ手法の制作方法(例えば、紙コンテや原画を手描きで行うなど)に慣れ親しんでいます。
そのため、新たな技術であるデジタルへの移行するといっても、それは口でいうほど容易ではありません。
制作会社がどんなに効率的なフルデジタルの制作手法に移行しようとしても、クリエイター側からの反発は意外と多いものです。
- 紙じゃないと対応や修正ができない
- 手描きの「味」が損なわれる
- デジタルを使えといわれてもやり方がわからない
こうした、デジタル化に反対する声は業界に根強くあります。
「慣れ親しんだ従来の手法を変えることへの反発」は、アニメ業界のみならず多くの業界において、DXを推進する際の大きな足かせとなっています。
DX推進を検討している企業側としても、現場の声を無視して無理にデジタル化にしたところで、それに対応できる人材がいなければ実行に移すことはできません。
そうなれば今までのクオリティが担保できないばかりか、アニメ制作自体が立ち行かなくなることを考えると、デジタル化には消極的にならざるを得ないということもあるでしょう。
制作会社が本気でDX推進を目指すのであれば、まずは現場を指揮する立場であるベテランクリエイターたちの「今までの手法が正しい」という考え方を変えるしかありません。
これが実現できない限り、DXに必要なデジタル化への移行すら難しいと言わざるを得ないでしょう。
そのため、まずはベテランクリエイターがIT技術やデジタルの利便性を理解し、それらに対応できるように意識を改革。デジタルツールを操れるスキルを習得するための取り組みが求められます。
また、現場の意識改革や技術習得と並行して、従来のアナログな手法に捕らわれず新たなデジタルスキルを駆使してアニメ制作を行える人材の獲得も必要となるでしょう。
断片的で非効率なデジタルツールの導入
アニメ制作においてDXが進まない理由の1つとして、制作過程の構造上の問題も挙げられます。
日本のアニメ制作における制作スタジオなどの下請け会社は中小企業が多く、その制作の方法は各社バラバラで統一されていません。
下請け会社は資金的な問題などもあり、社内の専従のアニメーターを抱える余裕がないことも多いため、制作の際は一般的に作品ごとに個人のアニメーターに委託して作業を進めます。
社外の複数のアニメーターが同時並行的に制作に関わるため、作品の制作工程の管理は複雑になりがちです。
そんな中で製作工程の一部分だけデジタルツールを導入しようとすると、デジタルとアナログの作業が混在してしまいます。
そうなると紙からデジタルへの変換作業が必要となるなど、作業工程がより煩雑になり、結果的にさらに非効率になってしまうのです。
そもそも、フルデジタルのアニメ制作といっても、どんな場合であっても必ずしも作品が早く作れるわけではありません。
3DCG(3次元コンピュータグラフィクス)で制作する一部のアニメーションにおいて、より精細な作品を追求していくと、手描きアニメよりはるかに時間がかかるという事は往々にしてあるのです。
デジタルツールなどの導入はクリエイターの作業を奪ったり、あるいは肩代わりしてくれたりするものではなく、デジタルデータとクラウドの利用で各所の連携が効率的になるなど、あくまで制作の補助をしてくれるものに過ぎません。
それを理解しないで闇雲にデジタルツールを導入するだけのデジタル化では、かえって非効率になってしまう危険すらあります。
こういった場当たり的な取り組みでは、ビジネスモデルを変革し、新たな価値の創造を目的とするDXは実現不可能です。
制作会社とクリエイターが連携し、納品先の元請会社も含めて計画的なデジタル化を進めることが、本当の意味でのアニメ業界を変革するDX推進の第一歩なのです。
制作会社の資金力不足
アニメ制作を請け負う制作会社は中小企業が多く、デジタル化や人材育成に投資する資金が潤沢ではありません。
このことも、アニメ業界でDXが進まない理由の1つです。
中小規模の制作会社は人件費や外注費が高騰する中で、従来のクオリティを維持するための人材確保にすら苦労している状況でした。
そこに、コロナ禍の影響による放送や配信の見送りなどによって経営状態が悪化し、アニメ制作を続けることさえも困難な状況に追い込まれている企業が少なくありません。
このように、すでに困難な状況にある中小企業が、導入コストをかけてDXを進めることは不可能です。
しかし、アニメ業界のDX推進は、こうした状況にある制作会社も含めて、アニメの制作過程をデジタル化し、業界構造全体を変革していかなければ成り立ちません。
業界全体でこれからの未来を見据えたDXを進めていくためには、制作の全てを小さな下請企業に丸投げするこれまでの業界ビジネスモデルを変革していくしかありません。
業界構造自体を見直し、業界全体でDX推進に必要な資金調達の問題解決に取り組むことは、今のアニメ業界が真正面から取り組まなければならない、もっとも重要な課題と言えるでしょう。
アニメ制作における有用なDXとは
これまで見てきたように、日本のアニメ制作のDX推進を阻害している大きな原因は「現場の人的問題」と「資金問題」の2つだといえます。
それでは、このような課題に直面し、アナログからデジタルへの移行が進まないアニメ制作現場をDXを推進していくためにはどのような施策があるのでしょうか。
ここでは、2つの施策を解説していきます。
- デジタル制作の導入を組織的に推進する
- デジタル制作を発注元が支援する
デジタル制作導入を組織的に推進
前述のように、現場からの反対の声や資金難の問題がある中で、アナログからデジタルへの移行を下請けの中小企業や現場の対応に任せていては、アニメ業界のDXはなかなか進みません。
こうした問題を抜本的に解決するには、これまでの業界構造自体を変革し、アニメ業界全体で対応する必要があります。
そのためには、いかに業界全体でデジタルツールを活用してアニメを制作できる「デジタル人材を育成するか」がカギとなります。
企業単位ではなく、元請けや下請けの垣根を越えて、他社とも協働しながらアニメ制作のDXを進めていくことができる人材が業界内に増えていけば、業界全体でDXを進めていく大きな力になるでしょう。
こうした人材が、各企業にアドバイスをするなどの施策も積極的に取り組んでいくべきなのです。
全工程をデジタルツールを使いクラウド上で管理することで、作品に関わる全ての工程が一括管理できるようになります。
こうした一連の流れに対応できるデジタル人材を育成することができれば、どの制作会社のどの作品を担当することになっても、これまでよりもはるかに効率的に業務が遂行できるはずです。
一定レベルのデジタルスキルを習得した人材であれば、仮にこれまでとは異なる制作工程を担当することになっても、その工程独自のスキルのみを追加で学べば良いため、どんどん新たなスキルを習得していけると期待できます。
それだけでなく、蓄積されたデジタル制作のノウハウは、研修等のプログラムに転用してその後のデジタル人材を育成することにも繋がります。
これまでのアナログに慣れ親しんだ監督やアニメーターへは、制作会社の垣根を超えてデジタルへの意識転換とツールの使用方法をレクチャーすることで、DX推進の働きかけはしやすくなるでしょう。
また新人アニメーターの育成環境をアナログでスタートさせるのではなく、デジタルネイティブな人材に育てるための環境を準備することで、抵抗感なくデジタルツールを扱えるようになります。
最終的にはキャリアアップを目指せる仕組みを組織全体で整備することにより、アニメ制作全体の効率化と活性化に繋げることもできるでしょう。
デジタル制作を発注元が支援
繰り返しになりますが、アニメ制作のDXは、個々の制作会社だけで対応できる問題ではありません。
アニメ制作にはヒト・モノ・カネそれぞれが必要不可欠であり、業界全体が連携をとり、DXを推進する必要があります。
例えば、資金力の豊富な配給会社などがフルデジタルの制作環境を用意し、作品ごとにアニメ制作会社や、個人アニメーターに貸与するモデルを作り上げれば、制作会社は投資資金に悩まされることなく、デジタルツールの導入がしやすくなるでしょう。
また、単にデジタルツールの導入を支援するだけではなく、仕様や管理方法などは業界共通とすることで、どの発注元のアニメを受注する場合でも滞りなく制作にあたることができます。
仮に、発注元が全てを用意して制作会社に援助することは難しいとしても、資金力のある発注元が一部でも中小の下請け企業を支援することが出来れば、アニメというビジネスとしても巨大な市場を持つ一大コンテンツを守り、ひいては業界全体の未来へと繋がる施策となるはずです。
まとめ
アニメ制作業界の構造的な問題、更にはDX推進の課題と解決方法について解説いたしました。
未だアナログ作業を続けざるを得ないアニメ制作現場には、デジタルにシフトできないジレンマがあります。
手描きならではのクオリティをデジタルでも表現可能とし、制作工程の効率化や次世代の人材育成をすることは、日本アニメ産業の発展にとっても重要なポイントとなるでしょう。
もちろん、デジタル人材の育成や環境の整備は簡単なことではありません。
しかし、向上し続ける海外アニメのクオリティに負けず、日本が世界に誇る一大コンテンツである「アニメ」を今後も守り続けるためには、業界全体で真剣にDXに取り組むことにこそカギが隠されているのではないでしょうか。