経理部門におけるDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)の推進度合いは、一般的に外部からは見えにくいものです。
しかし、コロナ禍を境に、経理のDXを推進している企業と推進していない企業との差が一気に表面化しました。
「自粛要請を受けて、同業他社の社員はリモートワークに切り替えていたにもかかわらず、自社は通常の業務体制のままであり、不安を抱えながら出社を余儀なくされた」という方も多かったのではないでしょうか。
経理部門のDXは、単に企業間の競争に勝つためだけにはとどまりません。業務のあり方を根本から見直すことで、新型コロナウイルスのような感染症や自然災害などの緊急事態において、従業員の安心・安全を確保しながら業務を継続していくためにも重要な施策です。
また、経理業務に関する反復作業や定型業務を効率化し、デジタル化による「攻めの経理」へと変革することは、企業に利益をもたらす可能性を持っています。
経理のDXは経理部門のスタッフだけではなく、ステークホルダー全てに良い影響を与えることが期待できるのです。
「中小企業を変える経理DX」シリーズの最終回では、経理部門のDX推進に成功してビジネスに変革をもたらした事例を紹介します。
「戦略的に経理DXを推進したいけれど、何から手をつけたらいいかわからない」という企業は、他社の成功事例を参考に、貴社の状況に合わせたDXを検討してください。
目次
「攻めの経理」へ変革!経理のDX成功事例
DX推進に成功している企業には共通のパターンがあります。主なパターンは以下の3つです。
- クラウドサービスの利用
- デジタル化の推進
- 柔軟な業務の見直し・刷新
DX推進施策の具体的な内容は企業ごとに異なりますが、どの企業もこれまでの業務の課題や問題点と向き合い、各企業の状況に合わせたソリューション・サービスを導入しています。
中でもクラウドサービスや業務のデジタル化は、経理部門のDXにとって非常に有効です。
また、必要であれば一部の業務を外部のパートナーに任せてしまうなど、柔軟な考え方もDX推進の成功に繋がります。
今回は経理部門をDX推進させて大きな成功を収めた、具体的な企業事例をご紹介します。
それぞれの企業が自社が抱える課題にどのように向き合い、どのようなDX推進施策によって経理部門、ひいては企業のビジネスモデル自体が変革したのかをご参考にしてください。
株式会社マネーフォワード|クラウドの活用
経理部門向けSaaS(Software as a Service/以下:SaaS)ソリューションを提供する株式会社マネーフォワードは、経理部門のDX推進策としてクラウドを活用し、業務の改革に成功しています。
マネーフォワードといえば、クラウドを利用した経理・会計ソフトを提供している企業であり、その分野では国内で先進的な技術を持っている企業です。
そのため、経理業務DXについても「他社に先駆けて行っているだろう」とイメージする方も多いでしょう。
しかし、実はマネーフォワードの経理業務クラウド化は想像以上に遅れていました。実際に、2019年までは社内における紙文化やハンコ文化など一部レガシーな経理業務が残っていたのです。
また、グループ会社の会計システムが統一されておらず分散していたため、経理部門における日常業務や決算業務の負荷は重く、非効率な業務による残業が発生していました。
このような課題を解決するために、マネーフォワード社が行った施策がクラウド化です。
2020年から拡大したコロナ禍をチャンスと捉え、ペーパーレスかつセキュアな管理方法の導入を一気に実現し、リモートワークでも安心して業務を行える体制の構築を行いました。
また、グループ各社で分散していた会計システムをクラウド会計に一本化した結果、経理部門の残業時間が激減しました。
それだけでなく効率的な仕組みを導入したことで、連結で従業員が1,000名以上いる組織にもかかわらず、各社2名体制で経理部門の業務遂行が可能*となったのです。
*注:この規模の企業であれば、通常は最低でも4人の経理要員が必要と考えられる。
さらに、監査対応の業務もクラウドベースに移行した結果、必要な資料のほとんどをオンラインで提出できるようになり、従来の対面式の監査ではなくリモートで監査できる体制を実現させました。
これにより、監査法人側の負担も軽減することができました。経理業務のDXを推進すると、業務に携わるステークホルダーにも良い影響が生じることを示す好例です。
また、同社はSaaS形式のクラウドシステムを幅広く導入したことにより、経理部門の負担やコストを下げつつ、経営陣への迅速なレポーティングを成功させています。
マネーフォワードの成功例からもわかるように、クラウドの導入は経理業務を変革させる、重要なポイントの1つです。
ブリヂストンファイナンス株式会社|AI-OCR、RPAの活用
タイヤ市場においてグローバルなレベルでトップに位置するブリヂストン社の金融子会社であるブリヂストンファイナンス株式会社は、AI-OCRとRPA(Robotic Process Automation/以下:RPA)を導入しDX推進に成功しました。
ブリヂストンファイナンスは、グループ企業の経理や給与処理などを集約して一挙に処理を行う企業です。
グループ企業の経理業務を一社に集約して行うことで、各企業はすべての経理業務から解放され本業に集中できるため、グループ全体で業務の効率化と利益の拡大が期待できます。
しかし、グループ各社の経理と給与処理を一手に引き受けるブリヂストンファイナンスの業無負荷は想像以上に大きなものでした。
各社から届く伝票は内容やフォーマットもバラバラであるため、経理部門をグループ企業で一元化した効果が十分に発揮できず、結果的に非効率な状態になっていたのです。
グループ企業全体の経理業務の効率化を実現するためには、単純に1ヶ所に処理を集約させるだけではリソースに限界があると判断した同社は、AI-OCRとRPAの導入を決定したのです。
AI-OCRとは、OCR(Optical Character RecognitionまたはReader/画像データのテキスト部分を自動的に認識し文字データに変換する光学的文字認識機能)にAIによる学習能力を組み合わせたシステムです。
このシステムを使用すれば、今まで手入力をしていた書面のデータを自動入力できます。
AI-OCRの技術は飛躍的に進歩しており、統一されていないフォーマットでも対応可能なだけでなく、AIによる文字認識率向上によって、クセのある手書き文字であっても読み取ることができるようになりました。
さらに、定型的な業務をロボットで自動化できるRPA(Robotic Process Automationロボティック・プロセス・オートメーション/ロボットによる業務自動化)技術と組み合わせることで「AI-OCRで読み取った伝票を、RPAで自動処理する」といった作業の自動化が可能になりました。つまり、起票にかかわる業務の自動化を実現したのです。
これらの技術を使うことにより、ブリヂストンファイナンスでは伝票起票の業務は人の手を介さずに、全てロボットが自動で処理するようになっており、業務の大幅な改善に繋がっています。
AI-OCRとRPAの連携による成功事例を基に、同社はさらなるグループ全体での業務効率化を計画しており、グループ会社からの受託業務量を10倍~20倍にする予定です。
経理部門にはびこるノンコア業務を極限まで削減して、企業価値をより高めるためのコア業務に専念するためには、AI-OCRやRPAの活用は大きな効果を生むでしょう。
みんなのマーケット株式会社|API連携・請求代行パートナーの活用
みんなのマーケット株式会社は、家事代行などの出張・訪問サービスに特化した「くらしのマーケット」を運営する企業です。
近年、外部システムサービスと連携することを目的に、自社システムのプログラムやインターフェースであるAPI(Application Programming Interface/ソフトウェアの一部機能を共有する仕組み)を公開する企業が増えています。
みんなのマーケットでは、拡充するAPI連携と請求代行業務を組み合わせたサービスを活用する事により、経理業務の一部を外部パートナーに任せる方法を取り入れ業務の大幅な効率化に成功しました。
DX推進前の同社は、事業規模が順調に成長する一方、出店事業者数の増加に伴って債権回収業務である入金消し込みや督促のための業務負荷が増え続けている状態でした。
これら一連の業務のために、貴重なリソースを割かなければならない状況になっていたのです。
人材が限られているベンチャー企業や中小企業が会社を成長させるためには、いかに「限られたリソースをどれだけ最適な場所・場面に割くことができるか」が重要なポイントです。
そういった意味では債権回収業務は重要な業務ではあるものの、ある意味「誰でも行える業務」であり、貴重な社内リソースを割くにはもったいない業務でした。
事業拡大に伴って増え続ける債権回収業務を社内人員だけで対応するには限界があると判断した同社は、業務を丸ごと債権回収代行業者へ委託する決断をしました。
その結果、毎月2~3人の社員が一週間以上かけて行っていた債権回収業務の負担を、全て無くすことに成功しました。
また、API連携サービスにより以下の作業を全て自動化しました。
- 取引情報の登録
- 与信結果の受信
- 請求確定の登録
これらを自動化することで、これまでは手入力で作業が必要だった顧客の情報登録や、与信審査の確認・登録、売上情報および請求情報の登録などの負担が自動化できます。
債権回収業務は経理部門だけではなく、営業部門などにも入金がない取引先への問い合わせや督促の協力依頼を行う場合があります。
営業部門に対する債権回収業務の負担を軽減させることは営業活動に集中し、売上増加の機会を増やすことに繋がるでしょう。
会社の成長スピードを緩めないためにも、生産性が無い業務を見直し柔軟に外部に委託することは、DX推進における大切なポイントです。
まとめ
DX推進を通して、「攻めの経理」へと変貌させる「中小企業を変える経理DX」シリーズ最終回は、実際に経理部門のDX推進を成功させた企業の事例をご紹介しました。
本記事で紹介した事例はDX先進企業である大手企業の例が中心ですが、これらの施策はSaaSサービスなどを利用することで、中小企業でもコストを抑えた導入も可能となります。
成功した企業は、共通してそれまでの経理業務フローに疑問を持ち、課題を見つけて、積極的なDX推進に取り組んでいました。
経理業務で発生していた時間を付加価値を向上させる時間に活用するなど、その目線の先には常に企業価値と顧客サービスの向上を見据えています。
経理のDXを推進するということは、経理部門のみならず企業全体の根幹を変える可能性を秘めています。そのため、経営者や従業員1人ひとりが真剣に取り組むべき重要事項です。
変化が激しい現代においては、コロナ禍で表面化した経理部門のDX推進を積極的に行っている企業と、行っていない企業との差はこれからもますます開いていくでしょう。
ここまで全4回にわたって連載してきた「中小企業を変える経理DX」シリーズ。このシリーズを通じて、「社内のお金の流れを司る経理部門こそが時代の変化に応じて、不要なレガシーとなっている業務やシステムから脱却する必要がある」とお分かりいただけたのではないでしょうか。
DXによって企業全体の利益向上に貢献し、新たな価値を生み出す「攻めの経理」に変貌することが、今後企業が生き残っていくための重要なカギとなるでしょう。
どうか本連載の各記事を今一度読み返した上で、貴社においても経理部門のDX推進に取り組み、更なる企業価値を高めていってください。