ビジネスのDX(デジタルトランスフォーメーション/以下:DX)が進む中、企業がスマートフォンのアプリを作成し、市場にリリースすることは当たり前になってきました。
その利用方法としても、ネットショップやポイントカードシステム、あるいはアプリそのものの販売を目的として提供されるアプリなど様々です。
しかし、その際に注意しなければならないのが、アプリストアの手数料問題でしょう。
パソコンのブラウザであればほとんど問題になりませんが、スマートフォンのアプリを提供する場合には、アプリストアに多額の手数料を払わなければなりません。
エンドユーザー向けにお得なサービスを実施したい企業にとって、アプリストアに支払う手数料は余計な負担となります。
そんな中、近年注目されてきたのが、「サイドローディング」と呼ばれる新しいアプリ提供の形です。
本記事では、世界の2大アプリストアである「Apple Store」とGoogleの「Play Store」、そして新興のサイドローディングとの対立構造を取り上げ、その背景や、ビジネスへの影響、企業が取るべき対策について考察してまいります。
スタートアップをはじめとして、自社でスマートフォンのアプリを開発したいと考える全ての企業様は、ぜひご参考にしてください。
アプリストアの独占的地位とサイドローディングの台頭
スマートフォンの普及する中、アプリストアはスマートフォンビジネスの中心的な役割を担ってきました。
iPhoneではApple社の「Apple Store」、AndroidではGoogle社の「Play Store」。この世界的にも有名なビッグテック2大企業が、スマートフォン市場をほぼ独占しています。
スマートフォン向けにアプリをリリースする場合は、この2つのストアを経由する以外ほとんど選択肢がありません。
しかし、この余りにも独占的な市場のあり方が、世界各国で問題視されているのです。
そこで今回は、2大アプリストアの独占的地位を改めて確認し、それに伴うアプリ内購入手数料の問題、そしてそれに対する解決策としてのサイドローディングについて詳しく考察します。
スマートフォン市場と2大アプリストアの現状
スマートフォンが私たちの日常に浸透してきた今、App StoreとPlay Storeもまたスマートフォンユーザーの生活に欠かせないものとなっています。
これらのストアは、安全性や利便性の観点から、セキュリティや品質に関して一定のガイドラインを設け、厳格な審査プロセスを経た上で、アプリの配布を行っています。
こうしたストアの存在が、ユーザーが安心してアプリを利用できる環境を作り出しているのは間違いありません。
また、開発者にとっても広大なユーザーベースへのアクセス機会を提供していると言えます。
AppleとGoogleは、それぞれiOSとAndroidという大手のモバイルOSを持つことで、グローバルなスマートフォン市場において圧倒的な存在感を放っています。
両社のアプリストアは、ユーザーにとっては自身の目的に合ったアプリを発見し、取得するための窓口であり、開発者にとっては製品を市場に出すためのプラットフォームなのです。つまり、ユーザーにとってもアプリ提供者にとっても、欠かすことのできないほど重要な存在です。
アプリ内購入手数料問題
スマートフォンの普及と、安心・安全なアプリの流通に、大きく貢献をしているAppleとGoogleですが、この独占的な状態はビジネス構造として大きな問題をはらんでいます。
まず、多くのアプリ開発者はアプリ内購入、あるいはアプリそのものの販売収益を主な収入源としていますが、アプリストアへの手数料が大きな負担になっています。
アプリ開発者・提供者は、有料アプリの売上やアプリ内でユーザーが購入した金額のうち、約30%をストア側に手数料として支払わなければならないのです。
この手数料は、特にこれから収益を伸ばそうとするスタートアップや中小企業にとって、決して少なくありません。
結果的に、開発者は価格を上げる、あるいは他の収益モデルを探ることを迫られているのです。
こうした2大アプリストアの独占的な存在は、独占禁止法や公正取引法の観点からも多くの議論を呼び起こしています。
特に、開発者が自らのアプリに対して自由に価格を設定し、収益化する権利が制約されている点が問題視されています。
そのため、各国は、アプリストアの独占的な体制や手数料の高さを問題視しており、アプリストアにおける公平な競争環境の構築を求める動きが強まっているのです。
サイドローディングの本質と注意点
2大アプリストアが牛耳る業界構造がある中、この手数料問題を回避する手段として近年注目されている方法が、「サイドローディング」です。
サイドローディングとは、OS標準の公式アプリストアを介さずに、アプリをユーザーのデバイスにインストールする手法を指しています。
つまり、端的に言えば、Apple storeとPlay storeを経由させずにアプリを配信する方法のことです。
開発者がサイドローディングの手法でアプリをリリースし、それをユーザーがダウンロードする形を取るだけで、アプリストアの手数料を完全に回避することができるようになります。
30%ものコストが削減できるため、開発者は収益を最大化することができるのです。
さらに、サイドローディングは、公式ストアで配信する際の制約や、審査プロセスを経ることも不要になるため、アプリのアップデートや新機能の追加も迅速に行えます。
この柔軟性は、特に革新的なアイデアやサービスを提供したい開発者にとっては、大きな魅力です。
サイドローディングの魅力と本質
サイドローディングの大きな魅力は、アプリの制作から配布、アップデートに至る一連の流れを、開発者自身の手でコントロールできる点です。
これにより、アプリストアの審査を気にすることなく、独自の機能やサービスを提供することが可能となります。
また、時間と手間をかけてアプリストアの審査を通過する必要がないため、迅速なアップデートが可能であり、即座にユーザーのフィードバックを反映できる点も特徴です。
現代のデジタル社会において、市場やユーザーのニーズは刻々と変化し、また多様化しています。
しかし、世界共通の決まり事であるアプリストアのガイドラインは、、特定の地域やニッチな市場をターゲットとするアプリにとっては足かせとなる場合も少なくありません。
そうした時代において、サイドローディングは特定のニーズを持つユーザー向けのアプリ提供や移り行くユーザーのニーズに素早く対応する手段として注目され始めています。
特に2022年に入り、この傾向は強くなりました。
その理由は、こうした時代背景に加えて、欧州連合(EU)が公正競争重視の姿勢を打ち出し、アプリ制作者・提供者にアプリストアを経由しないサイドローディングの義務化に舵を切ったことが影響しています。
2大ストアへの対応
サイドローディングが注目を集め始めているとはいえ、現時点では、AppleもGoogleも公式のストアからアプリをダウンロードした場合の手数料を変更していません。
これだけの手数料を課しても、多くのアプリ開発者は引き続き、これらのアプリストアを使うという自信の表れと言えるでしょう。
とはいえサイドローディングが広まっていけば、この寡占状態が変化する可能性は十分にあります。
そもそもAndroidは、以前よりPlay Store以外からのアプリのダウンロードを認めていました。
これに対して、Appleの端末であるiPhoneやiPadなどの場合は、Apple Store以外でのダウンロードを認めてこなかったという違いがあります。
そのため、前述のEUの対応を含めて、各国の規制は実質的にApple1社に向けられたものと考えていいでしょう。
今後、Appleもサイドローディングを認めざるを得ない状況が来ると予想されており、少なくとも仕組み上はほぼすべてのユーザーにサイドローディングの選択肢が与えられることになるでしょう。
ただし、GoogleのPlay Storeでも、サイドローディングを利用する場合には警告が表示されたり、セキュリティ上の設定変更を求められたりと、ユーザーがサイドローディングを利用するにあたってのハードルはまだ高い状況が続いています。
ユーザー側が本当の意味で自由に選択できる公正な市場を作り出すためには、今後も更なる議論が必要です。
日本政府の動き
こうしたサイドローディングを巡る議論は、当然ながら日本も無関係ではありません。
実際に、内閣官房のデジタル市場競争本部事務局が「デジタル市場競争会議」を開催し、プラットフォーマー規制に関する議論を進めています。
2022年4月26日には、「モバイル・エコシステムに関する競争評価 中間報告」と題して、プラットフォーマーの寡占がもたらす問題と対策が公開されました。
さらに、2023年6月16日に発表された「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」では、サイドローディングの義務化が謳われています。
その内容を見てみると、Appleに対しては「WEBブラウザからアプリをインストールすることを義務化」。Googleに対しては「サイドローディングによるアプリの配信を制限することを禁止する」など、EUと比べてもかなり強い措置が検討されており、日本政府としても2大ストアの市場寡占に強い懸念を抱いていることが伺えます。
具体的な法制度化には至っていないものの、この動きは国外企業によるアプリストアの独占を打破し、開発者やユーザーにより多くの選択肢を提供することを目的としており、ビジネスの柔軟性が増し、日本の中小企業やスタートアップにとっても追い風となることが期待されているのです。
サイドローディングのリスクと対策の重要性
公正な市場の実現や、ニッチなニーズに対応したアプリの提供、スピーディーなアップデートなど利点の多いサイドローディング。アプリの開発者や企業にとっては、手数料を削減し、その分を更なるサービスの向上に投資することが可能になるなど、重要な取り組みであることは間違いありません。
一方で、この仕組みはセキュリティと信頼性の面で課題を抱えています。
以下では、企業や開発者の立場から見たサイドローディングのリスクとその対策について解説します。
安全性の担保と責任、ブランドイメージの毀損
セキュリティのチェックが厳しいアプリストアは、スピード感にかける一方で、ある意味で品質が保証されたプラットフォームを介して安心・安全にアプリを提供する方法です。
一方でこのプロセスを省くサイドローディングの場合は、アプリの品質などを保証する責任は全て提供する企業が担わなければなりません。
例えば、サイドローディングを通じて配布したアプリにセキュリティの問題やマルウェアが発見された場合、その責任の全ては企業に降りかかります。
安易にアプリをリリースすることが、ブランドイメージを毀損し、ビジネスそのものに大きな打撃を与える恐れもあるでしょう。
また、公式のアプリストアを経由しない配布方法は、アプリの不具合やセキュリティ問題に対するユーザーサポートが困難になる可能性もあります。
こうした問題への対応が遅れると、ユーザーの不信感を招く恐れがあり、この場合もブランドイメージにダメージを受ける危険があるのです。
法的リスク:国ごとの法律の違い
アプリの利用や制限、あるいは独占禁止法の解釈などは国によって異なっています。
現在、先進諸国をはじめ多くの国でサイドローディングが推奨されているとはいえ、特定の地域や国ではサイドローディングが禁止されている場合もあります。
また、特定の機能や情報へのアクセスが制限されている場合もあり、そうした法律に違反すると法的な問題に発展する可能性があるのです。
そのため、サイドローディングでアプリをリリースする場合は、その国の法律などをしっかりと精査したうえで、企業として対応しなければなりません。
法的な側面やリスクをしっかりと理解し、対策を講じなければ、企業活動そのものの継続を脅かすような事態を招きかねないため、細心の注意が必要です。
サイドローディングの課題への対策
こうしたサイドローディングに関する様々な課題を克服するためには、次のような対策が有効です。
- セキュリティの徹底:アプリの開発段階からセキュリティを最優先に考慮し、リリース後も、定期的なセキュリティチェックやテストを行うことで、ユーザーに安全なアプリを提供する
- 透明性の確保:サイドローディングを選択する理由やそのリスク、対策についてユーザーに対する透明性を確保し、、信頼関係を構築する
- 迅速なサポート体制:問題が発生した際のサポート体制を整え、問題が起きたときに迅速かつ適切に対応することで、信頼性を高める
- 法的な確認:サイドローディングの法的背景やリスクをしっかりと確認し、国や地域ごとに適切な対策を行う
まとめ~2大アプリストア vs サイドローディング
アプリストアとサイドローディング。どちらにも長所と短所があることは間違いありません。
どちらが良いかという問いに対しては、どの立場で論じるかによって、評価軸が変わるため、明確な答えはあるわけではないのです。
注目を集めているサイドローディングは、コスト面やスピード感においてアプリストアを圧倒しますが、大切なユーザーの個人情報の保護などの観点から見れば2大アプリストアを利用することにも大きなメリットがあります。
とはいえ、これから新しくビジネスを構築し、さらなる発展を目指していきたい企業にとっては、やはり一部の大手企業が既得権を独占している状態は、正常な姿とは言えないのではないでしょうか。
もちろん、サイドローディングを採用するには越えなければならない課題が数多く残っているのは間違いありません。
しかし、だからこそ中小企業やスタートアップにとって大きなチャンスだとも言えるでしょう。
自社のビジネスモデルやターゲットとなるユーザー層をしっかりと分析し、セキュリティを確保しつつ、サイドローディングでアプリを提供することができれば、2大アプリストア経由の方法では実現できなかったユーザー体験を提供することができる可能性もあるでしょう。
ただし、この際もリスクにしっかりと向き合った上で、アプリの機能や目的に沿って最適なリリース方法を選択しなければなりません。
市場の動向をしっかりとキャッチアップし、時代に合わせた柔軟な対応を心がけることは、ビジネスを変革、あるいは新たなビジネスを創出していく上では絶対に欠かすことのできない重要な経営姿勢です。
サイドローディングの動向についても、自社のDXを考える上で注目すべきポイントの1つなのは間違いないでしょう。